国立ハンセン病資料館事件が露わにした公務委託の闇
竹信三恵子・ジャーナリスト。和光大学名誉教授。|2023年8月3日3:19PM
国の誤ったハンセン病対策は、長年にわたり著しい人権侵害をもたらした。その負の歴史を克服するためにつくられた国立ハンセン病資料館が、雇用問題で揺れている。
国立ハンセン病資料館(東京都東村山市)の職員らに対する不当労働行為をめぐる審査が、中央労働委員会(以下、中労委)で大詰めを迎えている。不当労働行為を認めた東京都労働委員会(以下、都労委)の命令書や労使交渉の文書などから見えてくるのは、「民間への公務委託」という仕組みの深い闇だ。「賃上げ奨励策」を掲げる政府の足元で、労働者の待遇改善を抑制するシステムがつくられつつある。
「解雇し放題」を生む構造
同資料館は、厚生労働省が1年ごとに民間団体と委託契約を結び、反復更新する「公務委託」の形で運営されてきた。不当労働行為を申し立てた一人、稲葉上道さんは図表のように2002年、同館初の学芸員となり、09年から委託期限と同じ1年契約を反復更新する職員として働き続けてきた。
そんな稲葉さんらが異変を感じ始めたのは16年、日本科学技術振興財団から日本財団に委託先が変わってからだった。
職員から、館長などのパワハラやセクハラが相次いで指摘され始め、19年9月、稲葉さんや大久保菜央さんら職員は、「国家公務員一般労働組合国立ハンセン病資料館分会」を結成、稲葉さんを分会長に労使交渉に入った。
すると翌20年2月、日本財団は次年度の応札を辞退して同財団と関係が深い笹川保健財団に応札を依頼。受託が決まった笹川保健財団は同館初の「採用試験」を実施し、稲葉さんと大久保さんは不採用になった。
2人は組合活動をしたことに対する不利益な取扱い(労働組合法7条)として都労委に申し立て、22年5月、不採用の取り消しと、再発防止へ向けた文書の職場内での掲示が命じられた。笹川保健財団はこれを不服として中労委に持ち込み、再審査が続いている。
こうした「命令書」の事実認定などから見えてくる「公務委託」の一つ目の闇は、「解雇し放題」の温床にも転化しかねない公務委託の構造だ。
資料館は厚労省の事業だが、運営は委託された財団が行ない、労使交渉もその財団が対応する。労使交渉が始まると日本財団は応札を取りやめ、委託契約の終了とともに、稲葉さんらの雇用も終了した。
公務委託とは、より専門性の高い民間団体に業務を任せることで公共サービスの質を引き上げ、税を効率的に使うためのものだ。職員の質を確保し、職員の生活が不安定化することを防ぐため、委託先が変わっても職員の雇用は引き継がせるルールを設ける場合もある。
ところが、雇用を守る厚労省関係の資料館で、そうしたルールは明文化されていない。
また、労働契約法18条では、短期契約を更新して通算5年を超えたら無期契約に転換される。同財団の委託契約は20年3月で通算4年目だった。委託辞退でその権利も消えると、大久保さんは日本財団との交渉で述べている。