岸田文雄首相の側近、木原誠二官房副長官の妻の元夫が不審な死をとげたことを巡り、２０１８年に妻を事情聴取した警視庁捜査一課の元警部補が７月28日、東京・千代田区の文藝春秋本社で記者会見した。『週刊文春』で「これは殺人事件」と断言し、木原氏が捜査に圧力をかけた可能性を明らかにした経緯などを改めて語った。

　会見したのは佐藤誠氏（64歳）。１９８３年に警視庁に入り、２００４年から捜査一課で殺人事件などを担当、22年に退職した。

『週刊文春』が報じてきた元夫（当時28歳）の死とは06年４月、東京都内の自宅でナイフが喉元に刺さった状態で元夫が失血死した件。妻（現在は木原氏の妻）も自宅にいたが、訪ねてきた元夫の父親が発見。体内から致死量の覚醒剤が検出され、当時の見立ては覚醒剤乱用による自殺だった。妻はこの死に関わっていないのか――というものだ。

　いったん捜査は終わったが、妻が木原氏と結婚した後の18年、地元警察署が再捜査に着手し、妻の取調官として指名されたのが本庁捜査一課の佐藤氏だった。

　会見の冒頭、佐藤氏は実名で告発し、記者会見にも臨んだ理由を、「断言する。これは明らかに殺人事件だ。それを『事件性がない』と言うのは、被害者がかわいそうだ。事件捜査で一番大切なのは被害者対応だ」と説明した。告発のきっかけは、露木康浩警察庁長官が同月13日の記者会見で「警視庁において捜査等の結果、証拠上、事件性が認められない旨を明らかにしている」と発言したことだという。「この発言にカチンときた。私は取調官で、証拠と供述が集中していた。自殺を示す証拠はなかった」と語った。

　佐藤氏は18年10月、妻を複数回事情聴取し、木原氏宅で同氏とも接触した。会見や『文春』報道によれば、木原氏は妻に対し「俺が手を回しておいたから心配するな」などと発言。捜査の過程で佐藤氏に対しても「お前なんて、いつでもクビ飛ばせるぞ」とけん制したという。

首相は乗り切れるか

　木原氏側は『文春』側に対し「事実無根です、捜査当局の公式の確認を取るように求めます」と全面的に否定する文書回答をしている。さらに、日本弁護士連合会に人権救済を申し立てている。

　松野博一官房長官も「個別の週刊誌記事に逐一コメントすることは差し控える」として言及を避けてきた。だが28日夕、佐藤氏の記者会見後に行なわれた官房長官会見では「（木原副長官から）一連の報道に関し、私が調査、捜査に圧力を加えたとのご指摘は事実無根です。警察の対応は、捜査当局にお尋ねするよう求めてきました、との報告を受けた」と初めて言及、幕引きを図る姿勢をにじませた。

　一方で、元夫の父親らは７月に記者会見し、警視庁に再捜査を求めている。この件は何らかの事件に進展するのかどうか。佐藤氏は「個人的な意見だが、もう警察庁のトップがああいう風に言っているので、覆らないのでは」と言い、展開は見通せない。

　しかし政治的には大きな傷跡を残す。岸田首相がこの秋、国際会議など重要な外交日程の合間を縫って内閣改造・自民党役員人事を仕上げられるかどうかが、政権の今後を占う試金石だ。その成否は、マイナンバーカード問題の処理に加え「木原問題」に決着をつけられるかどうかだ。

『文春』報道に合わせて永田町では「いよいよ精神的に参り始めた〝渦中〟の木原官房副長官」という「怪文書」が出回った。出所不明だが、本人と首相の苦境を見透かすような内容だ。ずるずる引きずれば傷跡は大きくなる。かといって交代させれば「なぜ側近を切ったのか。理由は」と問われることになる。

　28日の官房長官会見で記者から「木原官房副長官は今の状況で国民のために役割を果たすことができるのか。頭がいっぱいで、不可能では」との質問が出た。松野官房長官は「担当業務に通常通り当たっていると承知しております」と答えるのが精いっぱいだった。

（『週刊金曜日』２０２３年８月４日・１１日合併号）