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世田谷区が「区史」編纂委員に著作権の譲渡を強制 
歴史学者らが異議

長岡義幸・フリーランス記者|2023年8月4日4:11PM

 東京都世田谷区で区史の編纂をめぐって区から執筆を依頼された研究者が、著作権の譲渡と著作者人格権の不行使を強制され、これに応じなかったために執筆者から外されたと訴える事件が起きた。危機感を覚えた歴史学者や著作権の専門家、出版のフリーランスらは7月15日、緊急シンポジウム「歴史研究と著作権法 世田谷区史編纂問題から考える」を都内の青山学院大学で開いた。当該者は労働組合「ユニオン出版ネットワーク」(出版ネッツ)組合員として団体交渉を申し入れたものの区が応じないことから、紛争の解決のために都の労働委員会に救済の申し立てを行なったと報告された。

7月15日、東京の青山学院大学で開かれたシンポジウムの模様。(撮影/長岡義幸)

 シンポジウムでは第1部の冒頭、編纂委員を降ろされた当事者として青山学院大学准教授の谷口雄太氏が経緯を説明した。世田谷区は2016年、研究者らに委員を委嘱して区史編纂に着手し、中世史が専門の谷口氏も委員として助言や史料の調査・研究などをしてきた。ところが、執筆に入る今年4月を前に、区から著作権の譲渡と著作者人格権の不行使を求める契約の承諾を求められたという。

 これに対して谷口氏は、著作者人格権まで放棄させられると「自らのあずかり知らないところで内容が勝手に書き換えられるおそれがある」と説明し、権利がなければ「歴史修正を防ぐことが不可能になる」と発言した。さらに、リベラルな区政とされる世田谷でこのような事態が起きたのは「深刻な問題だ」とも訴えた。

 著作権法の専門家である長塚真琴氏(一橋大学教授)は、限定的に著作者人格権不行使の契約を結ぶことはあり得るとした上で、世田谷区が求めたような包括的な不行使の契約で無断改変すれば「研究者の名誉声望にかかわる」と指摘。「法的には無効とされるのではないか」と述べた。

 歴史社会学者の立場からは石原俊氏(明治学院大学教授)が、自治体史に執筆する研究者らは実績・業績とすることを条件に「学術的瑕疵がない水準での調査・執筆を保証している」とする一方、行政は報酬重視ではない専門家によって「内容の学術的精確性・妥当性が確保された自治体史が確保できる」と、自治体史のしくみを説明。世田谷区は、行政と歴史研究者との間の絶妙なバランスで成り立ってきた関係を壊そうとしていると、疑義を述べた。

自治体史執筆めぐる事情

 第2部では古代史を専門にする宮瀧交二氏(大東文化大学教授)が自治体史の執筆姿勢について、できるだけ平易に書いていると解説。木下光生氏(奈良歴史研究会事務局長)は自治体史の執筆経験から、多くの自治体ではどの項目を誰が書いたか細かく明記し、執筆者個々人が責任を負っていると現状を説明した。他方、経済的に苦しい若手の研究者は著作者人格権不行使を求められれば応じざるを得ない構造があると指摘した。

 木下氏はさらに、自治体史の被差別部落にかかわる記述に触れ、「関西は同和地区のほかに、同和地区に指定されていない被差別民の集落がいくつもある。自治体史のなかでどう書くかは、行政や運動団体、いろんなせめぎ合いがある。(自治体史の記述は)いろんな調整があって出てくるということだ。だが、最終的には執筆者として責任を取らせてほしい。個人責任を負うからこそ、個人の研究成果にできる」と語った。

 千葉県の流山市史の編纂に携わった中脇聖氏は、執筆者に断りなく流山市が原文の削除や改竄を行ない、修正などを求めて裁判を提起し、勝訴した経緯を語った。東京・港区、滋賀・彦根市ほかで著作権関連の問題が起きたとも触れた。日本マスコミ文化情報労組会議の石川昌義氏(『中国新聞』記者)は自らの経験として広島市刊の『広島原爆戦災誌』の重要性を知ったと語り、出版ネッツの杉村和美氏は労働委員会に救済を求めた目的と経緯を説明した。

 シンポでは、ボタンの掛け違いがあるのではないかという見方も出た。世田谷区と研究者が納得いくまで話し合い、著作権を尊重した解決を見出してほしい。

(『週刊金曜日』2023年8月4日・11日合併号)

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