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小田急線刺傷事件で実刑判決 
女性狙う「フェミサイド」の視点訴えるアクション

小川たまか・ライター|2023年8月17日3:17PM

 7月14日、東京地方裁判所で小田急線刺傷事件の対馬悠介被告人(37歳)に懲役19年の判決が言い渡された。これは2021年8月に小田急線の車内で対馬被告が当時20歳の女子大学生など乗客3人を切りつけた事件で、被告人は殺人未遂や窃盗などの罪に問われていた。判決によれば、事件前に万引きを繰り返していた被告人は、通報された際の店員や警察官の対応に腹を立て、かねてから感じていた憤怒を社会に向けて「無差別殺人」を企てたとされた。

東京地裁の前で「フェミサイドは社会問題だ」などのプラカードを持ってスタンディング行動をする人たち。左から4人目が皆本夏樹さん。(撮影/小川たまか)

 公判中に「幸せそうなカップルや、きれいでムカつく感じの女性を探した。乗り込んだ車両にそういう人はいなかったが、時間はかけられないと思い、近くにいたピンクの目立つ服を着た女性をターゲットにした」「いわゆる“勝ち組”の女性を探した」と話したことも報道されたが、判決では被害者の性別や女性を狙ったと思われる点に触れられることはなかった。

 判決の日、東京地裁前では「フェミサイド(女性であることを理由にした殺害。女性嫌悪殺人とも)は、ある」「フェミサイドは社会問題だ」などのプラカードを持った男女がスタンディング。判決後にその場で行なわれたスピーチでは、「無差別という言葉にモヤモヤした」「フェミサイドである点へのクローズアップが足りないのではないか」など参加者たちが口々に判決への違和感を語った。事件1周年時のスタンディングにも参加したという20代の女性は「フェミサイドの根源には女性差別の思想があります。それは想像以上に社会の中に組み込まれていて、取り除くのは根気のいる作業です。私たちはフェミサイドとその根源にある女性差別に一緒になって声を上げなければいけないと思います」とスピーチした。

 このアクションを呼びかけたのは皆本夏樹さん(25歳)。皆本さんは事件当時大学生で、被告人が人生にうまくいかず「勝ち組の女性を殺したいと考えるようになった」などと供述したと報じられたことから「これはフェミサイド未遂事件だ」と考え、行動を始めた。

つきまとうバッシング

 事件後、初めてツイッターアカウントを作り、韓国の「ポストイット運動」(注)をまねて小田急線構内に「#フェミサイドを許さない」などのメッセージを書いた付箋を貼ることを呼びかけた。また、内閣府男女共同参画局など宛てに、原因究明などを求める要望書を提出し、ネット上で署名キャンペーンも始めた。 ツイッター上では「#StopFemicides」のハッシュタグで連帯を示す人もいたが、誹謗中傷も多く「クソが!」「卵巣詰めんぞ」などの暴言のほか「本物のフェミニストは絶対にこんな非常識な事はしません」といった決めつけもあったという。

韓国の江南駅に貼られた膨大な数の付箋が図書館で保存されている。韓国ではこれだけの数の付箋が貼られたが、日本では……。2019年撮影。(撮影/小川たまか)

 MeToo運動や女性議員を増やす取り組み、女性のリプロダクティブ・ヘルス&ライツ(性と生殖に関する健康と権利)を求める動きなど、「女性運動」は活発化している。若者を中心にジェンダーに関する社会問題に関心を持つ人が増える一方で、そのアクションにはバッシングがつきまとう。皆本さんは「女性差別の話をしたら男性差別もあると返される。トランス差別の話をしたらシスジェンダー(法律上の性別に違和感がない人)の権利の話をされる。マジョリティがマイノリティの口をふさいで自分語りをしてしまうのは、聞いてほしいことがあるからなのだと思う。でもそれは自分を抑圧してくる相手に言うべきで、マイノリティに向けるのは違う」と話す。

 7月21日放送のネット動画「ポリタスTV」の中では、ジャーナリストの津田大介氏と浜田敬子氏が、小田急線刺傷事件を「フェミサイド」と呼ぶことへの猛反発がメディアにもあった事実や、ジェンダーギャップ指数(2023年版では日本は146カ国中125位)が発表されるたびに、ネット上ではこれを否定する書き込みであふれることを指摘した。

 ただ、少しずつではあるがバッシングや誹謗中傷に対する抵抗も機能し始めている。職場でのパンプス強要に抗議する「#KuToo運動」を始めた石川優実さんは多くの誹謗中傷被害に遭ってきたが、その一つのツイートを名誉毀損で訴えた裁判で勝訴した(判決は6月13日、被告側が控訴中)。被告の男性は徳島県の職員で「青識亜論」を名乗る。『徳島新聞』はこの件を報道し、インターネットに詳しい島袋コウ氏のコメント「フェミニストを批判する、いわゆる『アンチフェミニスト』の集団の中には、うそだろうがなんだろうが彼女たちを批判できればいい」を掲載。アンチフェミニストの存在と傾向を指摘した。フェミニストに対するバックラッシュ(反動)がメディアで問題視されること自体が少ない中で貴重な言及と言えるだろう。

 小田急線刺傷事件の発生から2年にわたってアクションを続けてきた皆本さんは、「活動するハードルが下がった」という。

「(今年7月に施行された)新しい性犯罪の刑法に、性的同意の考え方が入ったのは本当にすごいこと。当事者団体などが何年も声を上げて闘ってきた成果だから祝福したい。入管法やLGBT理解増進法のひどいニュースの中で、それでも社会は一方的に悪くなっているわけではなく、ねばり強い運動が実を結ぶこともある。それをインスタグラムに書いたら、社会運動に取り組む知人が『活動は林業にすごく似ている』とコメントしてくれた。成果が見えづらいかもしれないけれど、種は育っていると思う」と活動を続ける意義を語った。

(注)2016年にソウルの江南駅トイレで面識のない男に女性が殺される事件があり、逮捕された男は「普段女性たちに無視されていたから」などと動機を語った。この事件に抗議し、これが「ミソジニー殺人」であると訴える女性たちが江南駅に追悼と怒りを込めて大量の付箋を貼った。

(『週刊金曜日』2023年8月4日・11日合併号)

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