１９６６年６月に静岡県清水市（現・静岡市清水区）で味噌製造会社専務の一家４人が惨殺された袴田事件をめぐり、同事件で死刑判決が確定後、今年３月に再審が決定した袴田巖さん（87歳）の姉、ひで子さん（90歳）と、弁護団の小川秀世事務局長が、７月25日に日本外国特派員協会（東京都千代田区）で記者会見した。

　検察が公判で有罪立証する方針を表明した件（本誌７月21日号参照）について、理由は何だと思うかと問われた小川氏は、その一つが「有罪にするのはもう無理でも、せめて自らによる証拠捏造だけは認めさせたくない」点だと指摘。もう一つは「時間を稼いでひで子さんや巖さんが倒れるのを待って、みなさんが事件に関心を持たなくなるのを期待しているのでは」と言いにくそうに話した。ひで子さんは「裁判は終わっていないが、もう一息。頑張っていきます」といつものように元気に語った。

　この事件では発生から１年２カ月後に現場の味噌タンク内で発見され、犯行着衣とされた「５点の衣類」に付着した血痕の赤みについて、今年３月に東京高裁が「１年以上もタンクに入っていた状態では衣類に赤みは残らない」「捜査機関が証拠を捏造した可能性が高い」として再審開始を決定した。東京高検が最高裁への特別抗告をせず再審開始が確定したものの、静岡地検は７月10日「補充捜査の結果、赤みが残る場合がある」として、再審で有罪立証する方針を発表。弁護団は「再審請求審の蒸し返しによる引き延ばし」と反発していた。25日の会見でも小川氏は、検察側の「新証拠」が「有罪立証に使えるものではなく捏造を否定するためのものでしかない」と批判。「警察が最初から袴田さんを犯人ではないと知りながら、真犯人を逃がすために、証拠の捏造などを繰り返して、袴田さんを犯人に仕立て上げた」と主張した。

「証拠捏造」の理由は？

　今回の検察の立証方針については２００６年に名古屋高裁部総括判事として名張毒ぶどう酒事件の再審開始決定を取り消した門野博弁護士ですら「再審請求審で冤罪であることがほぼ明らかになったにもかかわらず、検察は自らの負けを認めようとせず、袴田巖さんを死刑囚の地位にとどめ置こうとしている。こうした姿勢は、人権擁護の観点から憲法、刑訴法に背くもので、不条理だ」（『産経新聞』７月11日）と批判した。

　再審での弁護方針について小川氏は「こちらが提出した２５０点の証拠の中には、焼けたお札など『５点の衣類』以外の捏造に関する証拠も含まれている。弁護団としては証拠捏造を前面に打ち出して戦う。焼けたお札や裏木戸の実験写真などもすべて確定記録にあるので再審では証人尋問もしない。裁判所は書類審査をするだけで長くはかからない」と話した。

　死刑判決が確定した裁判では、証拠を捏造してでも巖さんに濡れ衣を着せたい事情が、検察側にはあったと見られる。再審によって真犯人が判明するわけではない。ただ、強盗殺人とされた袴田事件だが、被害者である橋本藤雄専務一家の惨殺状態、現場に金目の物が多く残されていたことなどから強盗目的とは考えにくい。商売で大きく成功していた橋本氏は愛人の存在を公言するなど女性関係は派手で、何らかのトラブルに巻き込まれた可能性も考えられる。「袴田君が消火活動をしていた」との従業員によるアリバイ証言が不自然に消えていった経緯もある。

　裁判については「弁護士さんにお任せしているので」と常に話すひで子さんだが、７月10日の会見では「２年や３年かかってでも」と口にした。１９８０年代に再審無罪判決が相次いだ免田事件など「死刑囚４大冤罪事件」では検察が再審で有罪立証を試みたため、判決までに１年から２年かかっている。それが念頭にあるのかもしれないが、その言葉には捏造が曖昧になっての早期無罪判決よりも「時間がかかっても徹底的に捏造を炙り出してほしい」という思いが込められている気がする。弁護団は再審であらゆる「捜査機関の捏造」を天下にさらしてほしい。

（『週刊金曜日』２０２３年８月１８日号）