奈良県警「銃弾紛失」めぐる違法取り調べ国賠訴訟で県敗訴
暴かれた警察の犯罪でっち上げ
三宅勝久・ジャーナリスト|2023年9月8日3:33PM
上司を困らせるために奈良西警察署に保管している拳銃の実弾を盗んだ――そんな身に覚えのない窃盗容疑をかけられて自白を強要され、鬱病を発症した男性巡査長Aさん(20代)が奈良県を相手取って起こした国家賠償請求訴訟の判決が8月31日、奈良地裁であった。寺本佳子裁判長は、捜査の違法性を訴えた原告の主張を全面的に認め、慰謝料と弁護士費用など約297万円の賠償を県に命じる原告勝訴を言い渡した。
判決は「原告を心理的に追い詰めて、捜査側の薄弱な証拠を埋め合わせるように執拗に自供を迫っている。社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度を超えた違法な取り調べであり、担当した警察官らは職務上の法的義務に違反した」と被告を糾弾した。
県の応訴姿勢は不自然で、「賠償責任があることは認める」と和解を望みながらも事実認否を避けた。そこから浮かぶのは、杜撰な銃器管理の結果生じた不始末の責任を部下になすりつけるため架空の犯罪を創作しようとした疑いだ。
「奈良西署の拳銃庫に保管されていた実弾5発が紛失した。原因は調査中」。2022年1月7日の奈良県警の発表で事件は始まる。そして約2カ月後、同日朝に宿直明けだった巡査長のAさんに「窃盗」の疑いがかけられる。
宿直員の仕事の一つに、早朝、拳銃保管庫にある実弾数を確認して帳簿に記載するというものがある。Aさんは宿直をするようになって日が浅く、先輩巡査部長から実弾点検の方法を習ったばかりだった。拳銃の数を確認し、それに1丁あたりの装填数である5を掛けた数を算出して、帳簿に書く。弾を目視するわけではないが、それが西署のやり方だと聞いた。7日朝、Aさんは手順通りに点検し、続いて先輩巡査部長も「ダブルチェックや」と保管庫に入り再点検をした。問題はなかった。
「自白強要」の実態
取り調べでAさんは繰り返し無実を訴えた。点検ミスではないか、調べてほしいとも訴えたが、相手は聞く耳をもたない。判決が認定した自白強要の様子は次の通り。
▼2月28日(約9時間=取り調べ時間。拘束時間はさらに長い)
「もう無理やからな。どっちにしろ辞めなあかんくなる」
▼3月1日(約7時間)
「犯罪者の目をしている」
▼3月2日(約7時間)
「嘘つきのまま独りぼっちで後悔して死ぬんか」
▼3月4日(約8時間)
「双極性障害かもしらんから、自分の行動よく思い出せ」
▼3月5日(約7時間半)
「お前が犯人やと考えて、ふと頭に浮かぶ景色や行ったことのない場所でフラッシュバックで蘇る風景を現場見取り図で描いてよ」
▼3月7日(約10時間)
「犯人の行動でしかない」
▼3月8日(約9時間)
「ほぼ皆お前を怪しいと思っている」「サイコパス」
取り調べは建前は「任意」だったが、自宅前を捜査員が張り込み、事実上の拘束状態だった。
Aさんは精神的に参ってしまい、虚偽の自白をして楽になりたいとすら思った。かろうじて思いとどまり弁護士に委任すると、途端に捜査は中断。4カ月後の22年7月、県警は一転「窃盗ではなかった」と次の説明を行なう。
〈20年11月に拳銃弾の入れ替え作業を行った。その際、実弾の数を誤って5発少なく配布した。紛失ではなかった〉(趣旨)
そんなことがあり得るのか、にわかに信じがたい。かりに事実だとしても、弾が入っていないことがなぜ長期間発覚しなかったのか。入れ替えから発覚まで1年2カ月。その間、毎日の宿直員点検や県警本部の定期点検があった。そして、なぜAさんだけを疑ったのか。奇妙なことだらけだ。
Aさんの代理人の松田真紀弁護士は、真相はまだ解明されていないとしたうえでこう語った。
「旧態依然とした自白偏重の取り調べが続いている。事情聴取における弁護士の立ち会いを議論すべき時です」
(『週刊金曜日』2023年9月8日号)