“世紀の冤罪”と呼ばれた事件のやり直し裁判がついに始まる。

　１９６６年６月に静岡県清水市（現・静岡市清水区）で味噌製造会社の専務一家４人が殺された事件で、殺人罪などで有罪が確定した死刑囚、袴田巖さん（87歳）が無罪を求めている再審の日程が９月12日と27日の静岡地裁、静岡地検、弁護団（西嶋勝彦団長）の三者協議で決まった。　

　

　初公判は当初、三者協議の日程とされていた10月27日。以降、年内は11月と12月に各２回で年明けは１月と２月に各２回。３月は３回で、合計12回の公判が開かれる。結審は３月27日で、６月か７月頃には判決となる見通しだ。

　１９８１年の第一次再審請求から42年余。14年の静岡地裁の再審開始決定からでも10年近く経つ。ようやく具体的な再審日程が決まり、巖さんの保佐人で姉の袴田ひで子さん（90歳）は「裁判も、もう半年で終わると思うと嬉しい。来年３月には結審になり、それから何カ月かして判決が出る。絶対に無罪と信じています」と喜びを表した。

　裁判は最初の３回まででは巖さんを有罪・死刑とした確定審の証拠調べ、その後の２回は再審請求審の証拠を調べる。１月と２月は証人尋問、３月は結審まで３日連続で検察の論告求刑と弁護側の最終意見陳述を行なう。証人尋問で弁護団は「１年以上味噌につけた血痕は赤みが残らない」とした新証拠の意見書を書いた旭川医科大学の教授らを呼ぶ予定だ。

　東京高裁は今年３月13日に再審開始決定を下し、検察は最高裁への特別抗告を断念したが、７月には有罪立証する意思を明らかにした。「即時抗告審の蒸し返し」と反発していた弁護団は９月26日に検察官意見書に対する反論の意見書を静岡地裁に提出した。

　争点は犯行着衣とされた「５点の衣類」が本当に巖さんの所有物であり、巖さんがタンクに隠したのかである。事件後１年以上たって見つかったとされた衣類の血痕が赤かったことから弁護団は「赤いはずがない。発見の直前に捜査機関が放り込んだ捏造」とする。

　弁護側は東京高裁での差し戻し即時抗告審で検察側が自らの実験で、写真撮影用の白熱電球で照らして撮影していたことを重視。「白熱電球では赤みが強く見える」とする。

　東京高裁は大善文男裁判長が自ら静岡地検の実験現場に立ち会い、血痕に赤みが残っていないことを確認している。

巖さんは判決時に出廷か

　同高裁は再審開始決定文で「警察官の実況見分の際や（中略）、さらには元従業員が１号タンクから発見した際に、写真撮影用の白熱電球を照射したような状況下で５点の衣類を見たとは容易に想像できない」としている。

　５点の衣類を巖さんが隠したとすれば巖さんの逮捕（１９６６年８月）の前であり、さらに新たにタンクに味噌が仕込まれるまでの20日間しかありえない。

　検察は「味噌タンクに空気がなかったため１年以上たっても血痕が黒ずんでいく変化が進行しなかった」としたが即時抗告審では脱酸素剤を入れた真空パックに衣類を詰めて実験していた。弁護団は「十分な酸素がある環境だった１号タンクの条件とはかけ離れた、血痕の赤みが残りやすい状況設定をしていて不適当」と反論する。

　さて、注目の再審公判での「主役」は本来なら巖さんだが、死刑執行に慄きながらの半世紀近い拘束から来る拘禁症の影響で精神のバランスを崩しており、裁判所も本人の出廷は求めないという。

　ただ、今年７月に弁護団の小川秀世事務局長とともに東京の外国特派員協会で会見したひで子さんは「判決だけは巖に直接聞かせてやりたいとは思う」と話していた。

　この会見で小川氏は「警察は袴田さんが犯人でないことを知りながら、真犯人を逃がすために証拠捏造を繰り返した、酷い事件である」と断じている。

　当事者の高齢から一刻も早い再審無罪が望まれるものの、卑劣な捜査機関の捏造をどこまで明らかにできるか。

（『週刊金曜日』2023年10月13日号）