琉球遺骨返還訴訟は原告敗訴確定も当事者間での協議を模索する新たな段階へ
西村秀樹・ジャーナリスト|2023年11月7日4:13PM
京都帝国大学(現・京都大学)の研究者が1930年前後に沖縄県今帰仁村にある琉球王国時代の有力者の墳墓、百按司墓から採取し、現在も京大が保管中の遺骨26体の返還を子孫らの琉球民族5人が求めた「琉球遺骨返還請求訴訟」で、二審の大阪高裁は9月22日に原告の請求を棄却。ただし判決の付言で琉球民族を先住民族と認定のうえ遺骨は故郷に帰すべきだとした(『週刊金曜日』10月6日号既報)。
この判決について原告団は上告期限後の10月10日、「積極的に」上告しないことを表明。原告敗訴が確定した。弁護団長の丹羽雅雄氏はこれに関して「大変残念」と釘を刺したうえで「付言の内容から琉球民族に対する愛情と理解を行間に読み取ることができ、控訴人らの訴えを真摯に受け取ろうとする姿勢と『訴訟』という枠組みの限界との間の悩みを感じ取ることができる」と評価。原告団長の松島泰勝氏は「日本の最高裁においては政治的な介入が予想され、控訴審判決文で明記された歴史的な文言も消される恐れがある」と、確定させる理由を説明した。
翌11日には沖縄県教育委員会の半嶺満教育長が同県議会で、今帰仁村由来とされる遺骨を、同村教委へと引き渡す準備を進めると答弁した。この遺骨は戦前に京都帝国大学の研究者が台北帝国大学(現・台湾大学)へ持ち出したもので、この訴訟をきっかけに台湾大学が2019年に沖縄県へ返還。以後は同県が保管していた。
16年にはアイヌ民族による遺骨返還請求訴訟で、北海道大学と原告との和解が成立し、北大が返還に応じている。他方で京大は現在も沈黙を続けているが、先住民族の権利を重んじる世界の現状からして許されない態度だろう。遺骨返還運動、そして先住民族としての琉球民族の自己決定権獲得を目指す運動は、当事者間での協議を模索する新たな段階に移った。
(『週刊金曜日』2023年11月3日号)