血圧130超えたら「胡麻麦茶」?
本当に下げる必要ありますか
渡辺雄二・科学ジャーナリスト|2023年11月20日4:52PM
「血圧が高めの方に」というトクホ(特定保健用食品)のサントリーの「胡麻麦茶」。テレビCMで、収縮期血圧が130mmHgを超えたら「『胡麻麦茶』を」と強調しており、それは半ば強制しているようにも受け取れます。しかし「130mmHg」を超えたからといって,血圧を下げる必要は本当にあるのでしょうか?
学会が決めた「130」
俳優の高橋克実ほか2人による「胡麻麦茶」のテレビCMは、次のような内容です。探検隊を模した3人が登場し、「血圧はちゃんとチェック」という音声が流れ、3人が血圧を測定します。3人とも収縮期血圧が130mmHgを超えているという結果であり、「専門家に相談だ」という音声が流れ、3人は診察室のドアを開けます。すると、白衣を付けた「胡麻麦茶」(これは医師を模している)が椅子に座っています。そして3人が「お願いします」というと、「血圧130超えたら、サントリー『胡麻麦茶』」という音声とともに、「血圧130超えたら、胡麻麦茶。」という文字が映し出されます。
15秒ほどの短いCMなのですが、見る人の心理を巧みに突いているといえます。まず探検隊を模しているのは、血圧がどれくらいかを探る、つまり「調べてみよう」という意味が込められています。そして探ってみたところ、すなわち測定したところ130mmHgを超えていたので、白衣を付けた「胡麻麦茶」を医師の代わりに登場させて、「血圧130超えたら、サントリー『胡麻麦茶』」と強調するのです。
これを見た人の中には、「血圧が130mmHgを超えたら、『胡麻麦茶』を飲まなければ」と思う人もいるでしょう。つまり、血圧が130mmHgを超えた人に対して「胡麻麦茶」を飲むことを強く勧めているのであり、見方によっては強要しているともいえるでしょう。しかし130mmHgを超えても無理に下げる必要はないと考えられます。
WHO(世界保健機関)では、収縮期血圧が140mmHg以上または拡張期血圧が90mmHg以上を高血圧と定めています。この基準は日本国内でも採用されています。つまり、「血圧130」は高血圧ではないのです。
では、なぜこのCMで「血圧130超えたら」と強調しているかというと、日本高血圧学会が収縮期血圧130~139mmHgを「高値血圧」とし、「高血圧治療ガイドライン」を作成し公表しているからです。つまり、「130~139mmHg」については「高値血圧」であり、「正常血圧」ではないとして問題視しているのです。同学会では「いままでの知見から多くの高血圧患者さんは血圧を130/80mmHg未満に維持することが、将来の脳梗塞、心筋梗塞、腎不全といった病気の発症予防に有効であることが明らかになりました」(同学会のサイトより)と記しています。つまり、収縮期血圧を130mmHg未満に維持することを推奨しているのです。
ACEを阻害して降圧
しかし「130mmHg」は高血圧ではないのであり、それをあえて下げる必要はないと考えられます。『のんではいけない薬』(金曜日刊)の著者の浜六郎医師は、その本の中で「日本だけでなく、世界的に採用されている治療目標値(130/85未満)を決める根拠となったHOT研究(欧米で実施されたランダム化比較試験。一九九二~九七年実施、九八年発表):130/85未満でよかったのは心筋梗塞にかかる人が減ったことだけ。下の血圧を80近くまで下げると、90未満を目標に下げるよりも死亡率が高くなったのです」と述べています。つまり、収縮期血圧を130mmHg未満、拡張期血圧を85mmHg未満に下げてもプラスの効果はそれほど得られていないということです。それどころか、無理して下げると死亡率が高くなってしまう可能性があるということです。
浜医師の指摘は、血圧を下げる薬(降圧剤)を使って血圧を「130/85未満」まで下げる治療の問題点を明らかにしたものですが、「胡麻麦茶」による血圧を下げるメカニズムも、一部の降圧剤によるそれも、基本的には同じです。腎臓内の血圧を上げる酵素を阻害することで血圧を下げるのです。
腎臓には血液を濾過する糸球体の血圧を上下させる仕組みがあり、濾過量などを調節しています。すなわち腎臓内の血圧を高くする必要があると、アンジオテンシンⅠという生理活性物質ができ、それにアンジオテンシン変換酵素(ACE)が作用し、アンジオテンシンⅡに変化します。アンジオテンシンⅡは強力な血管収縮作用があるため、血圧が上昇して濾過量が増えるのです。一部の降圧剤は、このACEを阻害することで血圧を下げるのであり、「胡麻麦茶」に含まれる「ゴマペプチド」も同様なメカニズムで血圧を下げるのです。
「胡麻麦茶」の場合、降圧剤と違って作用が穏やかですが、ただし副作用が現れることがあります。それは咳が出ることです。ACEが阻害されることによって、ブラジキニンという生理活性物質が分解されずに残って気管支の筋肉を収縮させるため、空咳がでるのです。「胡麻麦茶」のボトルに「体質によりまれにせきがでることがあります」という注意表示があるのは、このためです。
下げない方が健康的かも
一般に高齢になるにしたがって血管は弾力性を失い、どうしても高血圧になる傾向にあります。だからといって、それを無理に下げる必要はないようです。前出の浜六郎医師は同著で、「一九九二~九八年に日本で実施されたランダム化比較試験(公平振分け二重目隠し試験):七〇歳以上の高齢者は上が160~179ならば、降圧剤(カルシウム拮抗剤)を使用しないほうが健康でした(脳卒中や心筋梗塞にかかる率に差はなく、がんになった人が少なかった)」と述べています。
「160~179」というのはかなり血圧が高い状態ですが、それでも降圧剤を服用して無理に下げる必要はないということです。ましてや「130mmHg」を少し超えたぐらいではそれを無理に下げる必要はないと考えられます。「胡麻麦茶」のテレビCMでは、「血圧130超えたら、『胡麻麦茶』」と視聴者に迫っていますが、それをわざわざ買って飲む必要はないといえるでしょう。
(『週刊金曜日』2023年11月17日号)