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地下鉄サリン事件被害者への無料診断が終了 
望まれるケア活動の継続

岩本太郎・編集部|2023年12月5日6:55PM

 1995年に起きた地下鉄サリン事件の被害者を対象に毎年続けられてきた無料検診が、11月18・19日の2日間、東京・渋谷区で行なわれた回をもって終了した。

東京・渋谷で行なわれたサリン事件被害者無料診断、最終日の模様。(撮影/岩本太郎)

 東京都心に通う人々などで混みあうラッシュ時の地下鉄車内に、オウム真理教の信者たちが猛毒ガスのサリンを撒いたというこの事件では約6500人が重軽傷を負い、うち14人が死去。事件の衝撃は事件から30年近くを経た現在も語り継がれるが、他方でサリン中毒という前例のない事例ゆえ明確な治療やケアに関する情報は少なく、国による公的な治療・支援体制も今日まで構築されてこなかったため、被害者の多くは相談するあてもないまま、以後もさまざまな心身の不調に悩まされてきた。

 そうした状況を見かねて、民間の有志が始めたのがこの無料検診活動だった。事件の現場で対応にあたった医師や看護師、オウム事件に関わった弁護士や報道関係者などが集まり、事件発生の翌年には1回目の検診を実施。2001年には現在までの運営組織となるNPO法人「リカバリー・サポート・センター」(以下、RSC)を設立した。その後も毎年無料検診を行なってきたが、運営資金は寄付金がベースであるため永続的な運営はそもそも難しい。近年では受診者が減り、RSCが一つの目途としてきた100人を切るに至ったこと、受診者もスタッフも高齢化が進み活動維持が体力的に難しくなってきたことなどから今回での終了を決断したという。

 もとより、歳月を経たとはいえ被害者の苦境が解消されたわけではない。スタッフの1人でRSC理事の下村健一さん(元TBS報道キャスター)によれば、前例のない事件ゆえ「検診案内を出しても『送ってこないでほしい』と被害者に言われたことがありました」という。「あのサリン事件の」と衆目が集まることを厭う被害者は多く、それがきっかけでPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症しかねない危険性もある。08年にはサリン事件を含むオウム事件被害者を対象とした国の給付金制度が始まったが、この申請をした被害者に警察が「本当に被害を受けたのか」と事情聴取にきて騒ぎとなり、下村さんたちが相談にあたったこともあるそうだ。

終了を惜しむ受診者の声

 そんな事情から検診もこれまで外部には非公開で実施されてきたが、今回は制約つきながら報道陣の取材も許された。筆者も会場の片隅で検診の模様を見守ったが、予想外だったのは受診者の表情が和やかで、下村さんやRSC事務局長の山城洋子さんほかスタッフと旧友のように笑顔で語り合う場面が見られたことだ。

「『まだサリンのことやってんの』と言われますが、事件は昔の話になっても被害の苦しみはずっと毎日、今も続いていますから……」

「年に1回のこれが楽しみだったのに、終わるのが残念です」

 会場のあちこちから漏れ聞こえてきた、そうした声も印象に残った。つまりここに来なければ聞いてもらえず理解もされない話ができる場になってきたのだ。

 検診以外でも、たとえば毎年3月20日の事件当日にはスタッフが帯同の下、PTSD克服を目指し霞ヶ関駅などの事件現場を訪ねる「ウォーキング・ケア」などの活動もRSCは行なってきた。05年に兵庫県で発生したJR福知山線脱線事故後には被害者支援体制の構築への相談にも乗っている。

 30年近くの活動を通じて蓄積されたカルテなどの情報も膨大だ。下村さんによれば以前に「米軍が問い合わせてきたこともあった」とのこと。サリン被害の実態には今も未解明の部分があるという。そうこうするうちに、再びサリンなどの化学兵器が他の事件や紛争などで使われないとも限らない。

「そもそも公的な事業として実施されるべき活動だったし、カルテなどの膨大な資料もどこかの公的機関に引き取ってもらえたら」と下村さんは語る。無料検診の終了後もRSCは当面存続のうえケア活動を続けるが、前述したような事情もあり、何らかの公的な対応が望まれるところである。

(『週刊金曜日』2023年12月1日号)

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