医療者に「包括的中絶教育」を
WHO基準の質の高い中絶ケア実現へ
神原里佳・ライター|2024年1月30日7:49PM
2022年3月に世界保健機関(WHO)が質の高い人工妊娠中絶ケアのためのガイドラインを発表し、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖の健康と権利)への関心は世界中で高まっている。だが日本には今も堕胎罪が残り、中絶には配偶者やパートナーの同意が必要など、中絶が女性の権利として認められていない。
英国オープン大学社会政策教授のレスリー・ホガート氏は「WHOのガイダンスに、配偶者やパートナーの同意という項目はない。日本はいまだに中絶の規制が多い」と指摘する。これは中絶に関する研究に取り組む静岡大学人文社会科学部の白井千晶教授が24年1月8日に開催したシンポジウム「医療者への包括的中絶教育と中絶研究の役割」での発言だ。
世界の潮流は経口中絶薬による中絶だが、日本では手術が圧倒的に多い。昨年5月に初めて経口中絶薬が承認されたものの、入院可能な医療機関でしか服用できない、費用が高いなど課題が多く、必要な人がすぐに使用できる状況になっていないのが現状だ。
ホガート氏はここ10年の研究結果として、「高所得国のほとんどの国で薬による中絶が50%以上を占め、増加傾向にある。また、低・中所得国における中絶薬の成功率は95%。副作用等も『我慢できる範囲』が87%で、95%が薬による中絶に『満足』と回答している」と明らかにした。もちろん「痛み止めなどの準備をしっかりしておくことが大切」とも強調する。
20年からのコロナ禍で、英国では多くの女性が自宅で薬による中絶を安全に行なっているという。ホガート氏は薬による中絶をした女性たちにインタビューを実施し、そこから見えてきたこととして「中絶の経験を“改善する”には“社会的つながり”があることが重要」だと語る。「社会的つながりとは、一つは医療従事者から大切にされているという感覚や信頼関係、もう一つは住み慣れた自宅で家族がそばにいるという安心できる環境のこと。中絶をする時、医療従事者からの強固なサポートや批判的でないつながりはとても重要。妊娠初期の薬による中絶は安全で信頼でき、どこでも利用できるべきだ。女性たちは薬をふくめたさまざまな方法を選べることが大事」だと強調した。
体験者がつながる意義
氏の指摘の通り、医療従事者からのサポートは特に重要で、中絶への根強い偏見をなくすためには医学生の中絶教育が必要であることが英国など世界各国の取り組みにより明らかになっている。
ロンドン大学医学部准臨床教授で産婦人科医のジェイン・カバナ氏は、ロンドン大学で実際に行なっている包括的中絶教育について紹介。女性が中絶を求めている時や、中絶に関して困難や合併症がある時に何をしたらよいか、臨床や法律、倫理などの面から実践教育を行なっているという。
「特に大切にしているのは、中絶を提供している現役医師や、中絶経験のある女性をゲストスピーカーとして招き話を聞くこと。リアルな話に触れ、たくさんの質問をすることで学生は患者の尊厳を守るケアについて学んでいく」と効果を話す。また、「学生には信条を理由に中絶の医療行為に関わらないという選択肢もあるが、その場合でも中絶を求める人に対して自分が何をしたらいいか知っておく必要はある。医学生の時から中絶教育に触れることで、実際に医師になった時に質の高い中絶ケアを行なうことができ、偏見の軽減も期待できる」と説明した。
また、白井教授らは、中絶について女性が経験を語ったり共有したりすることでも差別や偏見による不当な扱いを低減できると考え、22年5月、人工妊娠中絶の語りサイト「My Body My Life Japan」を開設。これは英国の「My Body My Life」の日本版で、英国女性の中絶体験の翻訳を読むことができるほか、自分の経験の投稿も可能だ。
前出のホガート氏は「女性は他の中絶した女性がどんな経験をしたかをとても知りたがっている。不安や恐怖がある時、他の人の体験談の情報があれば安心できる。日本でもこうした女性の体験の調査をし、女性のニーズに応えるべきだ。それが女性を尊重するということではないか」と訴えた。
「My Body My Life Japan」のURLは https://mybodymylife.jimdosite.com
(『週刊金曜日』2024年1月26日号)