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「足尾・水俣・福島・能登」田中優子

田中優子|2024年2月9日8:08PM

田中優子・『週刊金曜日』編集委員

 法政大学社会学部で「石牟礼道子が生きた水俣」という講演とシンポジウムを開催した。学部では『「水俣」の言説と表象』(藤原書店)の編著者であり、膨大なメディア上の水俣アーカイブを掌握している小林直毅教授が今も水俣について教えておられる。その小林さんと、宮城教育大学の准教授で東北学の専門家の山内明美さんを交えて、シンポジウムが開催された。

 私たちの脳裏には、能登半島の震災のことがこびりついていた。それは東日本大震災や水俣事件と同根であった。小林直毅教授の資料にあった。「足尾銅山鉱毒被害によって谷中村が強制廃村された1906年、鹿児島県に曾木電気が創業し、2年後にその余剰電力を利用した日本窒素肥料が水俣に創業」と。すべてが繋がっている。それはさらに原発事故という、甚大かつ取り返しのつかない事件に連なった。

 能登半島の珠洲原発は反対運動によって建設が見送られた。しかし志賀原発は約3メートルの津波に襲われ2万リットル以上の油が漏れ、外部電源の一部から受電ができなくなった。稼働していなかったのが幸いだった。原子力市民委員会は緊急のオンラインシンポジウムを開催し、活断層や耐震構造について、いかに甘い見込みがなされていたかを、明らかにしている。

 シンポジウムで私たちが注目したのは漁師たちの動きだった。1969年刊石牟礼道子著『苦海浄土―わが水俣病』(講談社)に、次のようなくだりがある。60年安保の時のこと。水俣の安保条約改定阻止には多くの組織が集まった。そこにのぼり旗をゆらめかせて300ばかりの漁民デモ隊があらわれた。それを見て安保デモの指導者は叫んだ。「皆さん、漁民のデモ隊が安保のデモに合流されます」と。石牟礼はそれを受けてこう書く。「あのとき、安保デモは、『皆さん、漁民デモ隊に安保デモも合流しましょう!』といわなかった。水俣市の労働者、市民が、孤立の極みから歩み寄ってきた漁民たちの心情にまじわりうる唯一の切ない瞬間がやってきたのであったのに」と。

 この言葉が忘れられない。石牟礼は組合言葉や活動家のセクト用語から「弱者の上に特権を持って立つ者の人間的な鈍感さ」を嗅ぎ取っていた。シンポジウムを通して私は、自分自身を含め、生産者の究極の困難に目を向けようとしない都市住民のおざなりの正義感を、痛みとして痛感していた。

(『週刊金曜日』2024年2月2日号)

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