生活保護減額をめぐる訴訟が国の「統計不正隠蔽」の実態暴く
白井康彦・フリーライター|2024年2月19日4:21PM
国が生活保護費基準額を大幅に引き下げた行政処分は、生存権を保障した憲法25条に違反するなどとして、取り消しを求めた市民が2014年以降に各地で相次いで始めた通称「いのちのとりで裁判」(※)。現在では全国で計30もの原告団が29地裁にて係争中という大型行政訴訟となっている。特に昨年11月30日に名古屋高裁で出た原告側の逆転勝訴判決(本誌昨年12月15日号参照)は処分取り消しだけでなく国家賠償責任まで認定され、大きなニュースとなった。
以後、昨年12月14日の那覇地裁判決は原告敗訴となったが、今年に入って1月15日の鹿児島地裁、同月24日の富山地裁では、ともに国家賠償までは認められなかったものの処分取り消しは認められた原告勝訴の判決が下された。
今年2月上旬現在、全国の地裁で計25件、高裁で計2件の判決が下されたが、原告側から見た場合、最初の20年6月25日の名古屋地裁(敗訴)以降の前半9件まで1勝8敗だったのが、22年5月の熊本地裁(勝訴)以降の18件では14勝4敗と逆転。前記の鹿児島や富山では傍聴に来た原告支援者らの多くが勝訴を予想するなど、もはや「原告側が勝つのが当たり前」の雰囲気になっている。
私はこれまで裁判の進行状況をウオッチし、各地の裁判所に意見書も提出。1月25日に原告関係者(沖縄、鹿児島、富山など各地)が厚生労働省の担当課長補佐らと直接交渉した会合にも同席した。その席では原告側が「裁判続行を断念すべきだ」と迫ったのに対し、厚労省からは「関係先と協議する」といった、毎度おなじみの曖昧な回答が返ってきただけだった。
行政による「秘密工作」
問題となっている行政処分は、国が13年から段階的に実施した生活扶助基準額の大幅引き下げだ。生活扶助は食費や光熱費など日常生活に必要な部分を支給する生活保護制度の根幹部分だが、これが年平均で約6・5%、最大10%も引き下げられたのだ。
しかも、この基準額引き下げが「統計不正の産物」だったと裁判で明確化されたのだから事態はきわめて重大だ。13年改定で厚労省が実施したのは、生活扶助基準額の引き下げ率を物価指数の下落率に連動させる「デフレ調整」と、世帯類型ごとの生活扶助の基準額の過少・過多を是正しようとする「ゆがみ調整」。ここで厚労省は自前で開発した物価指数「生活扶助相当CPI」をデフレ調整の根拠にした。これに基づく08~11年の指数下落率は4・78%とされたが、戦後の日本で消費者物価指数(総務省統計)3年間の下落率が3%台以上になったことはなく、物価指数に詳しい学者などは「4・78%は異常値」だと口を揃える。
下落率が膨らんだ原因も酷い。厚労省が示す4・78ポイント中、約3ポイントはテレビとパソコンの価格下落による影響分だ。生活保護受給世帯ではテレビやパソコンなど非生活必需品の支出額比率は一般世帯より著しく低く、不合理な計算と断言できる。各地の判決も実質的に「デフレ調整=物価偽装」と認め、厚労省による裁量権の逸脱・濫用と判断している。
ゆがみ調整についても、厚労省の事務方は専門家集団である社会保障審議会の生活保護基準部会には諮ったものの、世帯類型ごとの調整の増減率を勝手に半分にしてしまい、結果的に本来増額になるはずの世帯がほとんど減額支給になった。これは完全な「秘密工作」であり、重要な政策決定における根拠データを統計不正で行政側に都合よくねじまげてしまった案件といえる。しかも背景には12年の総選挙で「生活保護費引き下げ」を公約に掲げた自民党からの圧力に厚労省が屈した疑いが濃厚だ。
こうした裁判の本質について、社会に伝えるには伝達役が不正のからくりを正確に理解する必要がある。この裁判で富山県の原告弁護団の事務局長として活躍中の西山貞義弁護士は、富山地裁での最終口頭弁論で「法曹人生のすべてをかけて闘う」と語った。私も取材や研究の成果を報道関係者に全面的に提供するなど、報道人生のすべてをかけて闘う心境だ。
※ 「いのちのとりで裁判全国アクション」公式サイト https://inochinotoride.org/
2月22日に津地裁、3月14日に仙台高裁秋田支部、4月26日に大阪高裁(原告団は兵庫)、6月13日に東京地裁で判決の予定。
(『週刊金曜日』2024年2月16日号)