「『過ち』をめぐって」崔善愛
崔善愛・『週刊金曜日』編集委員|2024年2月29日6:07PM
1月末、久しぶりに広島の原爆資料館を訪ねた。論議を呼んだ「被爆再現人形」は撤去され、被爆者一人ひとりの写真や言葉がやさしく語りかけてくるようなものになっていた。以前は焼けただれた傷の写真が多く、胸が締めつけられた。それは原爆のもたらした真実の姿で、それを展示で再現しなければ、という必死な叫びが迫ってくるようだった。
本館の一角に、朝鮮半島出身の郭貴勲さん(1924~2022年)が取り上げられていた。郭さんは旧日本軍に徴兵され、広島で被爆した。戦後、在外被爆者が援護法から外されていることを訴え続け、02年に勝訴確定。その道を開いた人だ。
「韓国人被爆者は強制連行され、被爆し、放置されるという三重の苦しみを受けた」
郭さんが東京の講演で、こう話したのを聞いたことがある。原爆資料館の展示では「強制連行」の文言は見つからなかった。「慎重に」敬遠されたのだろうか。
原爆資料館を出ると、「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」と刻まれる原爆死没者慰霊碑がある。
05年、右翼団体の男性が碑文の「過ちは」を削ろうと、ハンマーなどで傷つける事件があった。その後も別の人物によってスプレーをかけられるなど、碑文は数度にわたり、政治的な標的となってきた。
「日本が『過ち』を犯したかのような文言となっており、改めるべきでは」という意見に、広島市はホームページで「『過ち』とは、一個人や一国の行為を指すものではなく、人類全体が犯した戦争や核兵器使用」を指すと説明する。しかし「人類全体」と一般化・普遍化することで、自国の「過ち」は免責するものになっていないか。
1月29日、群馬県高崎市にある県立公園「群馬の森」の朝鮮人追悼碑の撤去が始まった。この碑文にも「二度と過ちを繰り返さない」とある。
この碑は、群馬における朝鮮人強制連行の実態調査を進めてきた市民と在日コリアンが出会い、友好を願って建てられたものだ。にもかかわらず県は、この団体名にあった「強制連行」と碑文のそれを削ることを設置の条件とした。市民団体は議論を重ね、苦渋の選択を迫られた経緯がある。
「強制連行」に触れることが「過ち」とでもいうかのような県の姿勢。そもそも強制連行に触れずに、両国の歴史は語れない。
(『週刊金曜日』2024年2月23日号)