中国で大人気の「ウルトラマン」
トレカ長者企業あらわる
浦上 早苗・経済ジャーナリスト|2024年2月29日5:09PM
中国で今なぜか、ウルトラマンが大人気だそう。「帰ってきた」ウルトラマンブームは、日中にとんでもない額の経済効果ももたらしている。
60年近く放送が続く特撮テレビドラマ「ウルトラシリーズ」(以下ウルトラマン)が、中国で爆発的人気を集めている。ウルトラマンのテーマ館やホテルが相次ぎオープンし、中国企業がライセンスを得て販売している収集・交換して楽しむトレーディングカード(トレカ)は、シリーズ製作元の円谷プロダクションに巨大な収益をもたらすようになった。
テーマ館やホテルが続々開業
中国でウルトラマンの番組が初めて放送されたのは1993年。以降、テレビやインターネット配信で断続的に作品が放送されてきたが、社会現象になるほど人気が出たのは2019年ごろだ。
アリババグループのECサイト「タオバオ(淘宝)」は2020年に「ウルトラマン」の検索が2億7000万回に達したと公表した。中国版TikTokの抖音(Douyin)、写真投稿SNSの小紅書(RED)にもウルトラマン関連の投稿があふれ、中国国営テレビ局の中央電視台(CCTV)は2020年の話題の人物にウルトラマンを選んだ。
中国での放送開始から30年が経過し、親子2世代でのファンも多い。2022年から2023年にかけて上海市、大連市(遼寧省)、成都市(四川省)の3カ所で、店舗やレストランから構成されるウルトラマンのテーマ館がオープンした。同年には上海にウルトラマンをテーマにしたホテルが開業した。他にも各地でウルトラマンのイベントが開かれ、主役を演じた俳優はゲストとして引っ張りだこだ。
トレカ販売企業がIPO
そのウルトラマンを活用して大成功した企業として知られるのが、卡遊(Kayou)だ。卡は中国語で「カード」の意味を持つ。同社は2010年代前半にカードの製造販売に参入したものの、有力なIP(知的財産)を持っていなかったことや、カード市場が未成熟だったことから苦戦が続いた。しかし2018年にウルトラマンのライセンスを獲得し、トレカの販売を始めると、直後に前述の大ブームが起きたことも追い風に一気に波に乗った。今では「名探偵コナン」など多くのIPを抱え、トレカや文房具を製造販売している。
卡遊は今年1月26日、香港証券取引所に株式公開(IPO)を申請した。目論見書によると、同社の売上高は2021年が22億9800万元(約480億円)、2022年は41億3100万元(約860億円)、2023年1~9月は19億5200万元(約400億円)だった。ウルトラマン関連カードの売り上げは、同社が扱う全IPで売り上げ2位の「斗羅大陸~7つの光と武魂の謎」の10倍に達する。また、同社の売上高の9割以上がトレーディングカードの販売からもたらされており、売上高利益率は2021年以降59・5%、69・9%、71・2%(2023年1~9月)とエンタメ・娯楽業界の中ではきわめて高い。
ウルトラマンのトレカがこれほど人気なのは、キャラクターの魅力に加え、コレクション欲をかきたてること、そして二次流通市場が確立されていることがある。トレカの1パック価格は9・9元(約210円)から100元(約2100円)超まで数種類、1パックに複数のカードがランダムに入っている。カードはSSR、PR、SR、Rなどの30以上のグレードがあり、希少性の高いカードは1万元(約21万円)以上で取引されるなど高い価値を持つ。
小学校近くの文房具屋からオンラインコミュニティまで全国の隅々まで販路があり、子どもたちの社交ツールとしての地位も固め、持っていないと話題に入れないし、レアカードを所有していることがステータスになっているのだ。
円谷プロの業績にも貢献
中国でのウルトラマンブームと関連ビジネスの成長は、生みの親である円谷プロダクションに巨額のライセンス収入をもたらした。同社を連結子会社に持つ円谷フィールズホールディングスの2023年3月期決算の中国海外MD・ライセンス収入は、前年度の15億4700万円から253・6%増加し、54億7200万円に上った。この数字は国内MD・ライセンス収入の3倍に達する。
中国での成功体験を世界に広げようと、円谷プロダクションはウルトラマンのトレカゲーム「ウルトラマン カードゲーム」のサービスを2024年夏に日本・北米・中国本土・香港・台湾・東南アジアで開始、自社としてトレカ事業を本格展開する。各国で販売されるカードは、卡遊が企画に参加し、全面協力するという。
中国メディアによると、中国のトレカ市場規模は2017年の7億元(約150億円)から2022年の122億元(約2500億円)に増加。2027年には310億元(約6500億円)に成長すると見込まれている。中国は日本やアメリカに比べてトレカの歴史が浅く、1人当たりの支出額は日本の10分の1以下にとどまっており、伸びしろは大きい。
ウルトラマンをはじめ、海外の人気キャラクターのライセンスを押さえている卡遊は業界シェアの71%を握っており、円谷プロダクションのトレカ事業の海外展開に伴い、一段の飛躍が期待できる。
規制リスクも浮上
一方で卡遊の事業にはリスクもある。同社は2021、2022年の売上高の9割以上をトレカ販売に依存しており、しかもウルトラマンなど多くのIPは期限付きの契約だ。
一つのキャラクターやプロダクトへの依存から脱却するため、卡遊はIPの自主開発に取り組んでおり、2023年に三国志をテーマにした最初の自主IP「卡遊三国」をリリース。関連商品は半年で1億1000万元(約23億円)を売り上げた。
中国おなじみの「規制」とも無関係ではない。ウルトラマンのトレカは人気が過熱し、小学生がお金を使い過ぎたり、親のお金を盗んで購入するなどの問題もクローズアップされている。国営メディアの「人民網」は2023年10月、トレカの規制を呼びかける記事を公開した。トレカだけでなく購入するときに中身がわからないブラインドボックス(日本のガチャガチャに相当)は、二次流通市場で価格が高騰するなどギャンブル性を指摘され、昨年6月に8歳未満の子どもへのブラインドボックス販売を禁じることなどを盛り込んだガイドライン(試行)が発表された。
中国は2021年に改正未成年者保護法を施行するなど、未成年の生活を乱す存在に神経をとがらせている。オンラインゲームも共産党メディアが糾弾した後に厳しく規制され、テンセントなど大手企業は戦略の修正を迫られた。ウルトラマントレカの大流行も当局が「度が過ぎる」と判断すると、規制の対象になり、円谷プロダクションの新規事業に影を落としかねない。
(『週刊金曜日』2024年2月23日号)