考えるタネがここにある

週刊金曜日オンライン

  • YouTube
  • Twitter
  • Facebook

【タグ】

訪問介護サービス基本報酬引き下げに疑問続出 
ヘルパー来なくなり福祉崩壊か

宮下今日子・ライター|2024年3月11日7:27PM

 厚生労働省は今年の4月以降に施行する介護保険制度の改定で、事業者が利用者(要介護者または要支援者)に対し介護サービスを提供した際に対価として得られる費用(介護報酬)を引き上げる。総改定率では1・59%の引き上げだが、訪問介護サービスは基本報酬が逆に引き下げになるとの同省の説明に、介護の現場からは強い反発の声が沸き起こっている。

厚生労働省提示の単位を基に「身体介護2(30分以上1時間未満)」で柳本文貴氏が試算。

 引き下げ理由について厚労省は昨年11月公表の「令和5年度介護事業経営実態調査」の結果を挙げる。2022年度の各事業者決算で各介護サービス(22種類)における税引前収支差率の平均がプラス2・4%に対し、訪問介護が同プラス7・8%と高いというのがそれだ。また、基本報酬を引き下げた分は介護職員に充てる処遇改善加算の取得により、全体の収益はプラスになる、とも説明している。

 しかしこれについて、さっそく試算を行なったのが、東京都三鷹市で訪問介護事業「NPOグレースケア」を運営する柳本文貴氏だ。柳本氏は実態は「プラスどころかマイナスになる」と反論する。

 というのは、訪問介護では身体介護(排泄など)と生活支援(掃除など)のケアを時間単位で提供するが、中でも多いサービスは1時間程度のケア。そこで柳本氏が「身体介護2(30分以上1時間未満)」に絞って計算したところ、今回の改定により単位数は2・9のマイナスに。これでは基本報酬が下がった分を加算で補うことはできないことになる。しかも改定前も後も、最も高い加算を取った場合ですらマイナスになるのだ。

 柳本氏は、自身の事業所の収益に与える影響も試算した。それによると年額では基本報酬分は222万円の減収。処遇改善加算分は144万円の増収になるが、事業所としては約78万円の減収になるという。厚労省は現行の処遇改善加算の水準で新加算に移行すれば2・1%増だとするが、基本単価の減少幅がおおむね2・4%以上なので大半の事業所はマイナスになる、と柳本氏は試算した。

訪問現場に現れた異変

 そもそも事業所には加算の取得に積極的になれない理由がある。度重なる改定によって変更手続きが負担になっていることや、初任者研修修了者が多い事業所で介護福祉士の割合を増やすのが現実的に難しい、などだ。加算によって利用者負担が増える側面もある。

 前述した収支差率についても、関係者から疑義が上がっている。たとえば先の厚労省調査結果では訪問リハビリの収支差率は9・1%と、訪問介護より高い。また、訪問介護の収支差率が高くなっているのは施設と違い水光熱費がかからないほか、人材不足で人件費が少なくなったためだと、某自治体の介護保険課職員が話しているとも聞いた。このように厚労省の説明には疑いの余地があり、背景には財源を圧縮する隙間を探しているだけではないかと思えてくる。

 今回の引き下げをきっかけに、事業所の閉鎖が生じると話す人は多い。中山間地を抱える地域ではすでに閉鎖ドミノが起きているとの声も聞かれた。また、介護現場にはある異変が起きている。

 東京・墨田区で長年訪問介護員を務めてきた小谷庸夫氏は「排泄の失敗も多く、入るのを嫌がる事業者やヘルパーがいる」という。

小谷氏が見せてくれた写真には、ゴミ屋敷と化した部屋に横たわる認知症の人の姿があった。

「無残な姿と思えるかもしれないが、誰かがケアを担わなければいけない。しかし報酬に見合わないし、ヘルパーに辞められたら困るので無理は言えない」(小谷氏)

 営利企業ほど、要介護度の高い利用者を選ぶとする研究者の指摘もある。他方、コロナ禍で顕在化したようにNPOなど地域に密着した事業所が、他が断るケースも担ってきた。

 営利追求の果てに福祉が壊れていく。倒産と統合で業界が再編成されれば、福祉の破壊が広がることが懸念される。

(『週刊金曜日』2024年3月1日号)

【タグ】

●この記事をシェアする

  • facebook
  • twitter
  • Hatena
  • google+
  • Line

電子版をアプリで読む

  • Download on the App Store
  • Google Playで手に入れよう

金曜日ちゃんねる

おすすめ書籍

書影

増補版 ひとめでわかる のんではいけない薬大事典

浜 六郎

発売日:2024/05/17

定価:2500円+税

書影

エシカルに暮らすための12条 地球市民として生きる知恵

古沢広祐(ふるさわ・こうゆう)

発売日:2019/07/29

上へ