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「平和の少女像」展示の芸術祭負担金訴訟で名古屋市の敗訴確定 
守られた表現の自由

井澤宏明・ジャーナリスト|2024年4月1日7:04PM

 愛知県で5年前に開かれた国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の実行委員会(会長・大村秀章知事)が名古屋市に負担金の未払い分約3380万円の支払いを求めた裁判で、最高裁第三小法廷(林道晴裁判長)は3月6日、名古屋市の上告を棄却する決定を出した。市に全額の支払いを命じた一、二審判決が確定した。

2019年8月2日、不自由展を視察し、展示中止を求めた河村たかし市長。(撮影/井澤宏明)

 芸術祭の企画の一つとして開かれた「表現の不自由展・その後」は旧日本軍「慰安婦」を象徴する「平和の少女像」や昭和天皇のコラージュを燃やす場面を含んだ映像作品「遠近を抱えてPartⅡ」などに抗議や脅迫が殺到。開幕3日目に中断、閉幕間際に再開した。

 河村たかし名古屋市長は芸術祭実行委の会長代行だったにもかかわらず、不自由展会場を視察して「日本人の心を踏みにじるもの」と展示中止を求めた。閉幕後には元最高裁判事を座長とする第三者委員会を設置。その報告書を踏まえ、負担金約1億7100万円のうち未払い分の不交付を決めた。

 実行委は20年5月、名古屋市を提訴。市は裁判で、不自由展に展示された「平和の少女像」「遠近を抱えてPartⅡ」など3作品は多くの鑑賞者に不快感や嫌悪の情を催させる「ハラスメント」性が強く、「反日」に偏っていて政治的中立性を欠き、公共事業としての適合性に著しく反している、そのような展示に負担金を交付することは地方財政法や地方自治法に違反する、などと主張した。

 名古屋地裁は22年5月、「芸術活動の性質に鑑みれば、不快感や嫌悪感を生じさせるという理由で、ハラスメントなどとして芸術活動を違法だと軽々しく断言できない」と市の主張を退け、同年12月の名古屋高裁判決も支持した。

 市は二審敗訴後の23年1月、「遅延損害金の拡大を止めるため」として同約550万円を含む3900万円余りを「仮払い」。裁判費用も220万円余りかかっているが、河村市長は敗訴確定後の3月7日、「残念を通り越している」と報道陣に不満を漏らすなど反省の色はうかがえない。この一件以来「犬猿の仲」の大村知事は「当然で妥当な判決。私どもの主張がすべて採り入れられた」と述べた。

否定された「裏書き効果」

 当時、河村市長らの「標的」とされた作品の作家は何を思うのか。市の第三者委の報告書で「天皇肖像画等を含むビデオ」と記された「遠近を抱えてPartⅡ」を出品した大浦信行さんは「司法としての判断で表現の自由がギリギリ守られたことになるのかな」とぽつり。自身が監督し、出品作品にも引用した映画『遠近を抱えた女』はベルギーの映画祭で好評を博したものの、日本の映画館では一般上映できないままだ。「作家自身が萎縮してしまうのが怖い。『あいち』のようなことがあると、そういう表現をしたらダメなんだって暗黙のうちに浸み込むっていうか、無意識に線引きしちゃう」。

 昨年、『遠近を抱えた女』の2作目が完成、海外の映画祭への出品を予定している。「大事なのは、作家の創造力はそれでも死なないという心意気。誰かしら見てくれている、それを信じたい。『あいち』で鍛えられましたよ」と大浦さん。

 武蔵野美術大学の志田陽子教授(憲法・芸術関連法)は「芸術は、日ごろ当然と思っている見方をあえて引っ繰り返したり、何となく見なくて済ませていることをむき出しにしてくれたりする。これをハラスメントだ、ダメだと言ってしまうと、現代芸術は成り立たない。このことを正しく理解した判決を地裁は書き、最高裁に至るまで支持した」と評価。さらに、負担金を交付すれば作品の政治的主張を後押しする印象を与えかねないと市が主張する「裏書き効果」を否定した一審判決を、二審、最高裁が支持したことを重視する。

「自治体が公共施設を貸したり、後援したりしたとしても、その主張の内容を後押ししているのではなく、芸術や政治的主張など市民の表現活動を後押ししているだけ。今回の最高裁決定は、市民や文化行政が本来の筋道を取り戻す社会的影響を与えるものになりうる」と期待を寄せている。

(『週刊金曜日』2024年3月22日号)

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