2023年メディア・アンビシャス大賞は「アイヌ民族レポート」「部落差別題材の番組」
徃住嘉文・報道人|2024年4月1日7:29PM
「SNS上でアイヌ差別が強まっている。明治政府が強いた屈辱のようにアイヌ民族を追い詰めている」
札幌市を中心に活動する市民グループ「メディア・アンビシャス」(上田文雄代表)が優れた報道に贈る「2023年メディア・アンビシャス大賞」は北海道らしさを強く意識した内容となった。
表彰式は3月9日、市内の北海道大学学術交流会館で開かれた。活字部門の大賞は、『東京新聞』特別報道部の木原育子記者による「アイヌ遺骨28体 博物館から慰霊施設へ謝罪なき返還」など一連のアイヌ民族レポート。冒頭に挙げたのは木原記者のスピーチだ。
前日(8日)には、その発言が札幌法務局より人権侵犯だと昨年認定された杉田水脈・自民党衆議院議員がSNS上でアイヌ民族関係者を「日本に存在しない差別を話す人たち」と再び中傷。翌日(10日)にも日本会議北海道本部が市内で「暴走する『先住民族論』、驚愕の補助金利用の実態!」などとする集会を開いた。ジャーナリズムが最も必要とされるこうした状況下、東京のメディアがアイヌ問題を取り上げ、北海道民はその報道姿勢を称えた。
映像部門の大賞は、山口放送の「NNNドキュメント『いろめがね~部落と差別~』」。同社の佐々木聰プロデューサーらが被差別部落問題を取り上げた番組。差別と闘う報道を支える「メディア・アンビシャス」の意志は明快だ。
活字部門優秀賞の「ワンピースを着て、街へ出た」は『朝日新聞』北海道版で昨年連載。「男」とされる自分に納得できずに苦悩してきた、北海道支社報道センターの平岡春人記者(現・東京本社文化部)が26歳にして初めてブティックで女物を買い、レストランに入った体験記だ。きっかけの一つは、司法担当記者になって「札幌は大きな人権訴訟が多い」と気づいたこと。同性婚を認めてほしいカップルや、人工妊娠中絶などを強制した旧優生保護法下の被害者、安倍晋三首相(当時)に街頭でヤジを飛ばして北海道警察に強制排除された若者たちなどへの取材を通じ、権力からの迫害にも声を上げる人たちがいれば社会を変えられると思うようになった。そうして自分も一歩を踏み出した札幌に「恩返しができれば」との思いで3回連載したものだ。
初の海外メディア受賞も
メディア・アンビシャスは09年、北大の山口二郎教授(現在は法政大学教授)らが「メディアをよくするには批判だけでなく、いい記事、放送に感謝し、称えよう」と始めた市民運動だ。新聞協会賞やJCJ(日本ジャーナリスト会議)賞と違い、会社員、弁護士など市民が主体で、発想も運営も自由だ。今回初めて海外メディアを特別賞に選んだ「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」(ユーチューブ「BBCワールドニュース」など)は日本メディアの「知っていても取り上げない」沈黙を浮き彫りにした点に称賛が集まった。BBCのモビーン・アザー記者とメグミ・インマン監督は「日本で受け入れられるか不安だったが、大きな反響をいただいた。この問題での議論を深めた人たち全員が、正義がもたらされることへと寄与できますように」とのビデオメッセージを寄せた。
活字部門メディア賞の「自民党派閥パーティ券のスクープによる裏金づくりの一連の報道」(『しんぶん赤旗』日曜版。担当は山田健介デスクと笹川神由記者)は22年11月6日が初報。本来は「23年」の選考対象外だが、裏金問題は現在も進行中の大事件。スクープの価値はルールをも超えた。
表彰式で札幌テレビ放送出身の水島宏明・上智大学文学部教授が「グルーミングとホモソーシャル」をキーワードに講演。グルーミングとは子どもの従順さにつけ込み特別な絆があると思い込ませつつ性犯罪の準備をする行為を、ホモソーシャルは男同士の体育会系的なれあい行為を指す。BBCは旧ジャニーズ問題の核にグルーミングがあると見るが、水島教授は、日本のメディアにこうした社会学的アプローチは希薄、と指摘。「勉強不足では」と奮起を促した。
(『週刊金曜日』2024年3月22日号)