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世界で初めて憲法に「中絶の権利」明記 フランス

柿本佳美・奈良女子大学アジア・ジェンダー文化学研究センター協力研究員。|2024年4月8日6:14PM

 3月4日、フランス議会は、女性の人工妊娠中絶への権利を憲法34条に挿入する憲法改正案について国民議会(下院)と元老院(上院)の両院合同会議を開催し、賛成780票、反対72票、棄権50票の賛成多数で可決した。

3月8日の記念式典でマクロン仏大統領は、女性の人権獲得にかかわった10人の女性に言及。(提供/ロイター・アフロ)

 仏上院サイトの記録動画によると、女性の市民権獲得に貢献した女性団体の功績をたたえたガブリエル・アタル首相の演説や女性初の両院合同会議議長を務めたヤエル・ブロン=ピヴェ国民議会議長らの演説は、議場で沸き起こる拍手でたびたび中断されたが、議長が投票結果を告げた瞬間、拍手がしばらく鳴りやまなかった。

 マクロン大統領はこの採決を受け、3月8日の国際女性デーに、パリのヴァンドーム広場で憲法を改正する儀式を公開で実施。フランスは、女性の中絶の権利を憲法に明記した初めての国家となった。

 フランスのように「中絶の権利」がすでに法律で認められているのであれば、わざわざ憲法に明記する必要はないのではないかと思われるかもしれない。しかし、米国全州で中絶が合法化されることになった1973年の米最高裁判決(ロー対ウェイド判決)が、最高裁判事の構成が変わったことにより2022年に覆され、50年間保障されていた人工妊娠中絶の権利が保障されなくなったという実例がある。憲法に立脚した司法判断でも憲法に明記されていなければ盤石ではないことが示された。

 加えて、アタル仏首相が演説で強調したように、男性によってつくられてきた法が女性の市民権の剥奪と制限を正当化してきた歴史があり、これが現在の賃金格差や女性への暴力等につながっているという現実がある。憲法への中絶の権利の明記は、オランプ・ド・グージュ(フランス革命で活躍し、1791年に『女性の権利宣言』を発表)が要求した、女性も市民として尊重され、自由と権利において平等である社会を目指す国家の決意を示している。

 フランスで中絶が堕胎罪として断罪されるようになったのは近代以降。産業革命の進行と近代国家の成立とともに、未来の労働力と兵力を確保するため、中絶は堕胎罪として、特に第二次世界大戦中は「国家への反逆罪」として位置づけられた。戦後、女性の市民権は選挙権や財産権において徐々に保障されるようになったものの、身体権に関わる中絶については長らく非合法のままだった。

「私の身体、私の選択」

 しかし、男友達にレイプされて妊娠し、中絶した少女と、手助けした母親らが裁かれたボビニー裁判(1972年)が大きな反響を呼び、中絶の合法化へと道を開くことになる。

 75年、シモーヌ・ヴェイユ厚生大臣は、中絶を合法化するヴェイユ法を成立させた。その後、中絶が健康保険の適用対象となり(81年)、匿名での中絶が可能となり(2003年)、中絶可能な週数を14週(最終月経後16週)に延長(22年)など、制度の充実が進んだ。

 中絶をめぐる法改正は、「プランニング・ファミリアル」をはじめとする女性団体の粘り強い運動の成果であり、フェミニスト官僚と呼ばれる女性官僚、女性運動から政治の世界に入った女性議員たち、そして女性差別を問題視する男性議員たちの努力の結果と言える。

 日本では、中絶は母体保護法が定める範囲内で実施可能ではあるが、「本人及び配偶者の同意」を原則とする。このため、思わぬ妊娠で中絶しようとしてもパートナーの同意がないとして病院で拒否され、新生児遺棄で逮捕される女性が出ている。また、そもそも10万円を超える中絶費用は、学生や非正規労働に従事する女性にとってはすぐに用意するのは難しく、実質的な障壁となる。

「国境なき医師団」で活動した医師であるクロード・マルレ仏上院議員は、中絶が非合法の国で活動したときに新生児遺棄の疑いで連れてこられた少女が刑罰に脅えていた出来事を両院合同会議で語ったが、堕胎罪が残る我が国においては他人事ではない。

 性と生殖に関する自己決定は、女性が主体的に生きるうえで必要である。「私の身体、私の選択(Mon corps, mon choix!)」というフェミニストたちの簡潔な言葉は、女性が平等な市民であることを求め、女性差別の撲滅を目指すスローガンなのである。

(『週刊金曜日』2024年3月29日号)

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