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非正規公務員当事者運動が押し返す「3年公募」と「クビハラ」の壁

竹信 三恵子・ジャーナリスト|2024年6月3日5:28PM

地域との連携で公務を包囲

 今年1月、千葉市内で市民有志が労働局と面談し、「3年公募」となるハローワークの経験豊富な非正規の就職支援員を切り捨てないよう求めた。

 会場に集まった住民、議員、元非正規公務員、労組・NPOメンバーなど約30人が全員、順番に、就職支援員に助けられた体験や、機械的な公募の弊害を訴えた。有志代表の目崎真弓さんは「住民が行政に求めるのは『公務を平等に分ける』ことではなく、良質な支援ができる安定雇用」と言う。

 こうした会合が実現した背景には、「顔出しできない非正規公務員も自力で発言、運営できる」を目指して22年に立ち上げた初の当事者ネットワーク「非正規公務員voices」の多様な発信があった。

 非正規公務員の実態が伝わりにくいのは、公務員には民間のような労働基本権の保障がきわめて弱いことに加え、「公募制」に代表される短期契約の制度化がある。

 元DV相談担当の会計年度任用職員で立ち上げに関わった藍野美佳さんは、「再任用してもらえない不安から当事者は、顔出しも集まることもためらう『身バレ恐怖症』に縛られ、それが改善の壁になっていた」と振り返る。

 みなで知恵を絞り、安心して参加できるようニックネームだけで呼び合うおしゃべり会をラインで始めた。その場でいつも話題になるのが職場でのハラスメントだった。まずその実態をつかもうと、同年5月、アンケートを始めた。

 531人から回答が集まり、「名前でなく『非正規さん』などと呼ばれる」といった差別やハラスメントを7割近くが体験し、被害者の半数は「退職を考えるようになった」という【図表3】。4人からは「無理やり性行為をされた」との訴えもあり「職場では正規・非正規が対等とは思わない」は8割近くに及んだ。

 立ち上げに関わった1人の国の非正規公務員が、非正規公務員の女性たちへのインタビューをもとに差別実態をまとめた短編記録映画『わたしは非正規公務員』を製作、国会内で上映会も開いた。顔出しができないため、メッセージをフリップで映し出した。省庁交渉でも、当事者の意見を録音し、顔なしで聞いてもらった。

 私は「非正規は、職場内では不採用をちらつかされて怯える少数派だが、職場の外の公共サービス関係者と連携すれば多数派」とする「地域巻き込む型労働運動」を提案してきた(『自治と分権』2022年秋号)。「voices」も24年1月、非正規の不安定待遇による公共サービスへのマイナスについて、非正規と受益者である住民らを対象に簡易アンケートを実施した。

 千葉県内の市民有志たちの要請行動は、現場から発した矢継ぎ早の行動の中で掘り起こされた。

専門職の無期雇用化や評価制度の整備を提案

 このような当事者が声を出せる場づくりは、新しい展開も生んでいる。ハローワーク非正規の正規化報道について、ラインに参加する当事者たちから、「モノ言う非正規の口封じに利用される恐れがある」といった現場ならではの指摘が次々集まっているからだ。

「非正規公務員voices」調べ。複数回答。回答数531人。

「上司に宴席でお酌する若いバイト女性は、経験が浅く相談員経験もないのに正規にならないかと声がかかる。経験のある職員は無視。従順なことへのご褒美?」

「キャリアコンサルタントや産業カウンセラーの資格を努力して取り、労働局で10年以上任用を繰り返してきたが、数年前雇用を打ち切られた。思い当たるのは、病気になった同僚が更新できないと聞き、それはおかしいのでは、と上司に異論を唱えたこと。転換基準がまったくわからないので不安でモノが言えない」

 同僚の年配男性から「お子さんの学費を全額出しましょう。若者の未来は大切」と会食に誘われ、性的な要求をほのめかされた一人親女性もいる。セクハラではと職場で相談すると、3年公募の際、明確な理由もなく再任用は難しいとほのめかされ、辞めるしかなくなった。低賃金の再就職先しかみつからず生活苦に陥っている。そうした事態が正規転換でも繰り返されるのではないかという。

 指摘を大別すると、①増えたと言っても正規職員の1%前後。少なすぎる枠に潜り込もうと、非正規同士の足の引っ張り合いや分断が生まれる恐れ、②転換基準が不透明で、異論封じや上司に対する忖度を強めかねない、③転換資格のハードルが高すぎる──の三つの懸念が見えてくる。

 転換基準では、公務経験が15年以上や、従来の正規と同じフルタイム勤務と定期的な人事異動が条件などとされ、非正規の得意技の専門職としてスキルが評価されないことが疑念を呼んでいる。

 まず、転居を伴う異動は家族のケアを任されがちな女性にはきわめて不利だ。女性が非正規公務員全体の8割近くを占める現状で、公務経験のある再雇用男性に有利という声も出ている。

 2年に1回転勤する正規職員より非正規の方が現場に詳しく専門性は高いが、転換例では、労務管理のスキルが必要な係長級の中途採用も多く、専門職としての非正規の強みが生かされにくい。

 その意味で「困難事例の支援の強化」が目的なら、転勤の重視という要件とは、矛盾する。

「voices」の立ち上げメンバー、雨宮紺さんは、「悔しかったら転換してみろ、と言われているみたいな基準。民間の『エリア正社員』のような転勤なしの無期雇用の導入がないと、就職支援は破綻する」と言う。

 こうした一線の声に、全労働の元委員長、森崎巌さんは、「非正規の正規転換を含む正規職員の増員は、正規が減らされ続けた動きの中ではひとつの前進」と評価しつつ、①従来型の正規への転換でなく非正規のスキルを活かした専門職の無期雇用化、②上からの不透明な成績評価でなく、仕事の中身に沿った客観的評価制度の整備──を提案する。

 今回の正規転換が非正規公務員の抑え込みに終わるか、非正規の真の待遇改善への最初の一歩になるか。それは、当事者ネットワークを通じて発信され始めた現場の声に耳を傾けるかどうかにかかっている。

(『週刊金曜日』2024年4月12日号)

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