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親イスラエルのドイツ かき消されるパレスチナ連帯の声

駒林 歩美・ジャーナリスト|2024年6月3日5:57PM


イスラエル軍の侵攻が続くパレスチナ自治区ガザでは死者数が3万人を超え、飢餓などの人道危機が深刻度を増している。だが、「人権重視」の政策をとってきたはずのドイツは一貫してイスラエルを支持。国内ではパレスチナへの連帯を示す声を封殺しようと躍起だ。いまドイツで何が起きているのか。ドイツ在住のジャーナリストが報告する。


 3月25日、ドイツ・ベルリンに拠点を置くユダヤ人団体「中東における公正な平和のためのユダヤ人の声」(以下「ユダヤ人の声」)の銀行口座が突然凍結された。口座の開設先は、公益を目的とする「ベルリン貯蓄銀行」。事前の通告はなかった。「ユダヤ人の声」宛ての書簡には「顧客データ更新が必要で、そのための一時凍結」と説明されていた。

ドイツ西部のデュッセルドルフで行なわれたデモ。ガザで家族が危険にさらされているというパレスチナ出身の男性は「自分たちの旗をドイツで示す強い決意を持って毎週デモに参加している」と語った。(撮影/駒林歩美)

 凍結解除のためにはメンバーの氏名と住所のリストなど、さまざまな文書を約10日以内に提出する必要があるという。だが、非営利団体の会員の個人情報を銀行が求めるというのは異例だ。「ユダヤ人の声」代表のウィーランド・ホーバン氏は、「以前から口座を保有しているが、顧客データの更新や情報提供を求められたことはなかった」と困惑する。

 ナチスが政権を取った1930年代、ドイツではユダヤ人の財産が没収された。今回、明確な理由もなくユダヤ人の銀行口座が突然止められたことについて、「当時の再来のようだ」などと囁く声がインスタグラムやX(旧ツイッター)などのソーシャルメディア上で広がった。

口座凍結、会議が原因か

「ユダヤ人の声」は、イスラエルによるパレスチナ人の権利剥奪と暴力に反対する団体で、メディアやイベントを通して情報を発信し、両者間の和平と正義を訴えてきた。約3週間後には、共催する「パレスチナ会議」(4月12日~14日)の開催を控えていた。同団体はこの会議の計画が原因で口座が凍結されたのではないかとみている。すでに売り切れていた会議のチケットの代金が、凍結された同口座に振り込まれていたのだ。

 会議では、イスラエルの暴力とそれに加担するドイツの役割、パレスチナ問題に向き合うことの重要性などを議論することになっていた。パレスチナに連帯を示すギリシャの元財務大臣で経済学者のヤニス・ヴァルファキス氏を招き、パレスチナ系やユダヤ系の活動家らが登壇する講演やワークショップも計画していた。

 イスラエルに批判的な同会議をめぐっては「ユダヤ人ヘイトであり、開催を阻止する」とベルリンの内務大臣らが声を上げていた。ただ、警察から会議をいつどこでやるのかなどの開催情報を事前に問われて書面で回答しただけで、直接の警告はなかったという。

 会議主催者は急きょ資金を募って開催にこぎ着けた。だが、講演を予定していたパレスチナ人の歴史家サルマン・アブ・シッタ氏と、ガザの病院でボランティア活動をしていた英国人のガッサン・アブ・シッタ医師はドイツ入国を拒否された。12日の開催当日、約900人の警察官が会場を取り囲み、バリケードを築いて入場を規制。約250人だけが参加を許されたが、遅れて始まった会議は約30分後に警察が突入して中断。翌日以降の開催も禁止された。主催者は警察の禁止命令には根拠がないとして法的措置に出る構えだという。

イスラエル支持は「国是」

 2023年10月7日、イスラエルに対するハマスの大規模攻撃以降、ドイツ政府はイスラエルを強く支持し、その自衛権を擁護してきた。メルケル前首相は08年、イスラエルの国会で「〝歴史的な責任〟はわが国の『国是』の一部である」と演説し、現政権もその考えを踏襲する。23年にはドイツからイスラエルへの武器輸出額が3億2650万ユーロと、前年比の10倍に増えた。ストックホルム国際平和研究所の調査によると、23年にイスラエルが輸入した武器の30%がドイツからのものだったという。

 ホロコーストで約600万人のユダヤ人を組織的に殺害した過去があるドイツでは、「反ユダヤ主義者」とされると、厳しい社会的制裁が待ち受ける。22年2月、ドイツの国際放送「ドイチェ・ヴェレ」ではアラビア語放送部門の従業員5人が、「反ユダヤ主義的な発言」を理由に解雇された。

 ドイツ刑法は130条で、ナチス賛美のほか、「国籍、人種、宗教、民族集団、住民の一部に対するヘイトの扇動」を民衆扇動罪として禁じている。このため、「深刻な反ユダヤ主義的発言や行動をした」と判断されれば、刑事罰に処される可能性がある。

ガザ地区での即時停戦を訴えるデモで掲げられた横断幕。「パレスチナはウクライナと同じだ」と書かれている。(撮影/駒林歩美)

「反ユダヤ」恣意的な定義

 それでは、「反ユダヤ主義」とは一体何なのだろうか。ドイツ政府の定義は、ベルリンに本部を置く35カ国の政府間組織である国際ホロコースト記憶連盟(IHRA)が16年に発表した定義に依拠している。この定義は現在43カ国でユダヤ人差別を判断する基準の一つとして採用されているが、内容は漠然としている。ホロコーストやユダヤ教を専門とする学者、人権団体は「人種的偏見と政治的立場を混同する恐れがある」として、この曖昧な定義を批判している。

 IHRAは、反ユダヤ主義の例として11項目を挙げる。その一つに「ユダヤ人の自決権を否定すること。イスラエル国家の存在が人種差別的な試みであると主張すること」がある。これに従えば、「イスラエル政府がパレスチナ人の権利を制限している」「パレスチナ人を抑圧するアパルトヘイトがある」と主張すれば、発言者は現実がどうであろうと「反ユダヤ主義者」とされることになる。

 ドイツの連邦反ユダヤ主義対策担当委員であるフェリックス・クライン氏は、「イスラエルをアパルトヘイト国家だと語ることは反ユダヤ主義だ」と繰り返し述べている。これに反論するのは、イスラエルのヘブライ大学でホロコースト史を教えるアモス・ゴールドバーグ教授だ。昨年8月、独紙「フランクフルター・アルゲマイネ」への寄稿で、教授は「フェリックス・クライン氏の主張が正しければ、世界中の著名なホロコースト研究者やユダヤ差別の研究者は反ユダヤ主義者になってしまうだろう」と述べた。

 IHRAの定義は、イスラエル建国を実現させた「シオニズム」を批判すれば、ユダヤ人国家の存在を否定することになるとも解釈できる。世界中の親パレスチナグループは、「川から海まで」というスローガンをよく使う。これはヨルダン川から地中海までのパレスチナの地の解放を願うものだが、「ユダヤ人国家の否定」とドイツ当局は見なす。昨年11月、内務省はドイツにおけるハマスの活動を禁止した際に、このスローガンの使用も禁止した。

 ドイツでは「輸入された反ユダヤ主義」という言葉がよく使われる。15年前後に中東から受け入れた120万人以上の難民の多くがイスラム教徒で、ユダヤ人を嫌悪しているという言説だ。しかし、ドイツ内務省によると、22年にユダヤ人を狙った事件の84%はイスラム教徒ではなく極右思想の持ち主によるものだった。

 IHRAの定義に対抗し、ホロコーストやユダヤ主義の専門家らが起草した「反ユダヤ主義に関するエルサレム宣言」と「ネクサス文書」という別の反ユダヤ主義の定義も発表されている。「IHRAの定義はイスラエルを国際的な批判から守るためのもので表現の自由を制限する」として、22年11月には120人以上の学者、23年4月には60以上の人権団体が国連として採用しないよう、国連事務総長宛てに書簡を出した。

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