親イスラエルのドイツ かき消されるパレスチナ連帯の声
駒林 歩美・ジャーナリスト|2024年6月3日5:57PM
ユダヤ人も糾弾の的に
イスラエル批判を「反ユダヤ主義」とみなすドイツ当局からすると、その発言者がたとえユダヤ人であっても「反ユダヤ主義者」の烙印を押すことになる。
「ユダヤ人の声」のメンバーで、ベルリンに住む米ニューヨーク出身のユダヤ人、レイチェル・シャピロ氏は次のように話す。「シオニストのイスラエル人などの定義に当てはまらなければ、ドイツでは真のユダヤ人ではないとされる」。彼女の祖母はドイツで育ったが、第2次世界大戦中に家族のほとんどを失い、米国に逃れたホロコースト生存者だ。世代を貫く過去の傷に向き合うため、彼女は5年前にドイツに移住した。
「私は人口の約40%がユダヤ人という街で育ち、イスラエルやシオニズムとは関係ない世俗的なユダヤ人がいるのが当然という環境で育った。シオニズムが必ずしもユダヤ教の価値観ではないということをはっきりさせたい。ユダヤ教はシオニズムより何千年も前から存在していた。シオニズムがなくなっても何千年も続くだろう」
シャピロ氏は2月14日、大手出版社のアクセル・スプリンガー社前で座り込む抗議活動をしていたところ、警察に逮捕(※注)され、何時間も拘束された。同社はイスラエル寄りとして知られ、イスラエル政府の主張に沿った報道をしてきた。同社元従業員の女性は、「編集スタッフはイスラエル支持を宣誓する文書に署名することを求められる」と語った。
イスラエルを批判するデモに参加した「ユダヤ人の声」の他のメンバーも同様に「ヘイトを扇動した」として、民衆扇動罪で何人も警察に逮捕されている。同団体のイリス・ヘフェット氏は昨年10月14日、ベルリンで「ユダヤ人、イスラエル人として、ガザでのジェノサイドをやめろ」というプラカードを1人で掲げていたところ、警察に連行された。その様子はXなどのSNS上で話題になった。
さらに11月、「ユダヤ人の声」が「追悼と希望の祭典」を開いた文化施設「オユーン」は、ベルリン市から24年以降の予算を止められた。イスラエル・パレスチナ双方の犠牲者を悼むこのイベントでは、両地域出身のアーティストによるパフォーマンスと、現地の報告が行なわれただけだった。
ドイツは、ナチスの過去を反省し、人権・民主主義を重視する法治国家として戦後立ち上がったとされてきた。しかし、イスラエルを批判する表現の自由はない。
イギリス出身のユダヤ人であるホーバン氏は言う。「ドイツ人は過去の罪を克服したからこそ、自分たちが道徳的にすぐれた存在だと思っているだけだ。でも、イスラエルに執着しているだけで、イスラム教徒に対する人種差別も酷く、人権は守られていない」
批判許さないロビー活動
「反ユダヤ主義」を理由にイスラエルへの批判を沈黙させる試みは19年から顕著になったとされる。その年、連邦政府や各州政府に「ユダヤ人の生活・反ユダヤ主義対策担当委員」が設置された。
委員の任務は「反ユダヤ的」な行動・発言に対する予防措置をとり、被害者を保護することだ。22年末に初めて採択された「反ユダヤ主義に対する国家戦略」の制定にも深く関与した。IHRAの定義をもとに、何が「反ユダヤ主義」なのかを解釈し、そう見られる発言や行動、現象を非難する。
たとえば、前出の連邦反ユダヤ主義対策担当委員であるクライン氏は、参加アーティストがイスラエルによるパレスチナでの虐殺を批判したことを念頭に、「ベルリン国際映画祭での発言は容認できない」と言い、発言を防げなかった運営者をメディアで糾弾している。
反ユダヤ主義対策担当委員は、ドイツにおける最大のユダヤ人組織「ユダヤ人中央協議会」から助言を受けて行動している。各州の対策担当委員も、中央協議会の傘下にある各地のユダヤ人協会と協力関係にある。連邦政府から活動資金を提供される中央協議会はイスラエル政府と同様の見解を示し、ドイツにおけるイスラエル批判を許さない。
この関係こそが、ドイツにおいてユダヤ人が自分たちに有利なように政治を誘導する「ユダヤ・ロビイング」だとホーバン氏は指摘する。「米国のロビイストたちは何十億ドルも払って政治を動かすが、ドイツの場合、過去の罪に対する認識が政治を動かす原動力になっている」
シオニズムに反対するユダヤ人の声も、ユダヤ人中央協議会からたびたび圧力を受けてきたという。ドイツ連邦議会は19年、イスラエルに対する「ボイコットや投資撤退、そして制裁」(BDS)運動を「反ユダヤ主義」とみなすという動議を可決した。「BDSを支持していた私たちは、19年にも銀行口座を凍結された。おそらく中央協議会などが私たちに圧力をかけるよう政治家に依頼し、そこから銀行に口座を凍結するように指示がいったのだろう」とホーバン氏は推測する。
イスラエル支持は2割弱
ただ、ドイツの一般市民の多くがイスラエルを支持しているわけではない。公共放送ZDFが3月19日~21日、ドイツの有権者を対象に実施した調査では、回答者の69%が「イスラエルのガザ地区における軍事行動は正当化できない」と考えていた。「正当化できる」との回答は18%に過ぎなかった。
一方、ドイツの政府組織や大学などの機関にも反ユダヤ主義対策担当委員が設置され、イスラエル批判を監視する体制が作られている。こうした監視体制があるなかで、公にイスラエル批判をすることは大きなリスクが伴う。
昨年11月、ドイツを代表する現代美術展「ドクメンタ16」のインド出身の選考委員がBDS運動を支持したという理由で糾弾され、辞任した。その後、「アートに不可欠な多様な視点、認識や言説を可能にする条件が現在のドイツにあるか疑わしい」として、イスラエル国籍を含む多国籍の選考委員全員が辞任した。27年開催の「ドクメンタ16」の選考委員はいまだ発表されていない。
3月13日、連邦と州の文化大臣などで構成される文化大臣会議は、ドイツのいう「反ユダヤ主義的」なプロジェクトに公的支援をしないことを明確にする共同宣言を出した。だが、ドイツが誇るドクメンタやベルリン国際映画祭などは、政治的メッセージの強さで知られていた。
3月1日、ニカラグア政府は、ドイツ政府をオランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)に提訴した。ドイツがイスラエルに武器を供給し続け、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への拠出金を停止したことが、ジェノサイド条約と1949年のジュネーブ諸条約に違反しているとの訴えだ。
ドイツで生まれ育った、あるパレスチナ系の女性は言う。「ドイツはイスラエルを支持するために、過去の罪を言い訳にしているだけのように思う。グローバルサウス(途上国・新興国)の人々は、パレスチナ人を殺すイスラエルを守るために、情報も制度も曲げる西側の国に対して怒っている」
パレスチナに連帯するデモに参加していたこの女性は、国連安保理でイスラエルを守るために拒否権を発動し続ける米国の国連からの除名を求める署名をドイツで募っている。国際的にすでに7万5000以上のオンライン署名が集まった。
過去を克服し、人権・民主主義の重視を自らのアイデンティティとしてきたドイツの矛盾が国際社会には、はっきりと見えている。
(※注)筆者がシャピロ氏本人に取材したが、「事件について法的に争っている」ことを理由に逮捕容疑などの詳細は明かされなかった。ただ、パレスチナ支援のデモ参加者が逮捕される場合、容疑は刑法130条に規定される民衆扇動罪であることが多い。
(『週刊金曜日』2024年4月19日号)