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「自衛隊は軍隊」18歳高校生が違憲問う 名簿提供めぐり奈良で初の国賠訴訟

長谷川綾・『北海道新聞』記者|2024年6月11日7:21PM


自衛隊は軍隊だ、同意なしに個人情報を渡すのは違法で違憲だ──。提供時、未成年だった奈良市の18歳の高校生が、市と国を相手取り、国家賠償請求訴訟に踏み切った。プライバシー侵害に加え、自衛隊の違憲性を問う。

提訴に向かう国賠訴訟の原告弁護団と支援者たち。3月29日、奈良地裁前。(提供/裁判を支援する会)


「争いごとは話し合いで解決すべきで、武器を持ってたたかう自衛隊に参加するつもりはない」。3月29日の提訴後、こんなコメントを出した18歳の若者の思いは、奈良市が無断で自衛隊に渡した個人情報により無視された。憲法13条が保障するプライバシー権などを侵害されたとして、市と国に対して慰謝料など110万円を求め奈良地裁へ提訴した。原告弁護団によると自衛隊に名簿提供された当事者の国賠訴訟は全国初という。

「勧誘はがき、怖いな」

 訴状によると、市は昨年2月、住民基本台帳から、17歳の高校2年生だった原告の氏名、住所、生年月日、性別の四つの個人情報を、募集活動を行なう自衛隊奈良地方協力本部(以下、「奈良地本」)に文書で提供した。市が提供した個人情報は、昨年度に22歳と18歳になる計6419人分。提供時、原告を含む18歳となる2993人は全員が16~17歳の未成年だった。

 原告の自宅には昨年7月、自衛隊奈良地本から「今年度高等学校をご卒業予定の皆さまへ」と題した郵便はがきが届いた。「18歳を迎えられ、高校等卒業後の進路を検討されている方及び保護者様に自衛官等の募集・採用について御案内させていただきた」い。就職の勧誘を受けた時も原告は17歳の未成年だった。

 原告は、誹謗中傷を避けるため、身元を明かさず、記者会見も出られなかった。代わりに、提訴を決意した思いをコメントで発表した。「勧誘はがきが届いたのはやっぱり怖いなと思う。自分と同じような若者の個人情報が自衛隊に提供されているのはおかしい」

 住民基本台帳法(住基法)上、自衛隊への個人情報提供を根拠づける明文規定がないことは、国も認めている。法律家から「自衛隊が個人情報の提供を求める法的根拠はなく、市町村が『閲覧』を超えて積極的に『提供』するのは違法の疑いがある」と指摘されるゆえんだ。国が根拠とするのは、市町村長が自衛官募集で、「事務の一部を行う」と定めた自衛隊法97条1項と、防衛大臣が市町村長に「募集に必要な資料の提出を求めることができる」と定めた同法施行令120条。防衛省と総務省は連名で2021年2月、自治体に対し、同法と同施行令に基づく個人4情報の「資料の提出」は住基法上、問題ないとする通知を出した。

 奈良市はこれを受け、それまで自衛隊が閲覧し、書き写していた個人4情報を昨年2月、市が文書で提供する方式に切り替えた。市は法的根拠として、国が「法令で定める事務」を行なうため、個人4情報の写しを「閲覧」できると定めた住基法11条1項をあげた(昨年4月の市議会答弁)。

 これに対し原告側は、住基法11条1項は「閲覧」についての定めで、紙で提供する根拠にはできないと指摘。①未熟で要保護性が高い未成年に②人生で重要な職業選択に関わる就職勧誘目的で③提供先が違憲の疑いが指摘される自衛隊なのに④本人、親権者に何ら事前説明がなく同意もとっていないと問題視した。自衛隊法97条が個人情報の取得に一切触れていないのに、国会の審議を経ず閣議決定だけで決まる下位規範の同法施行令120条で、広範な個人情報取得を認める解釈は「法の授権の限界を超える」。憲法上保障された人権を制約する根拠になりえないとの主張だ。

教育的配慮は有名無実化

 今回特筆すべきは、新しい三つの論点だ。

 第一は、原告が提供時に未成年者だった点だ。高校卒業予定者の求人は通常、職業安定法に基づき、家庭訪問は禁止だが、自衛官の募集は自衛隊法が根拠で、職安法は適用されない。それでも教育的配慮から旧文部省と旧労働省は歯止めをかけていた。原告側が証拠提出した両省の旧防衛庁への口頭申し入れ(1982年)によると「教育的観点から民間事業所と同様に、学校を通じて行われるのが適当。募集活動が行き過ぎないよう願いたい」と求めた。旧防衛庁は「多くの学校で協力を断られ、家庭訪問等で直接個々に広報せざるを得ないのが実情」とし、募集活動が行き過ぎないよう「一層留意」すると回答。旧防衛庁はこのやり取りを通達として何度も発出していた。

 第二は、自衛隊が軍隊、自衛官は兵士である点、そして、自衛隊の違憲性が集団的自衛権の行使容認(2014年)、新安保法制成立(15年)、安保3文書改定(22年)により明白になったという点だ。証拠提出した幹部隊員用の「服務ハンドブック」(09度版)が軍隊の本質を示す。部下たちの「積極的な服従の習性を育成する」(6頁)、「自衛隊はその規律の基礎を戦闘におく」(9頁)、「戦闘の規律から発して、すべて平時の規律が作られていることが一般の社会の規律とは異なっている」(13頁)。

 弁護団の佐藤博文弁護士(札幌)は長年、全国の隊員のいじめやセクハラなどの人権相談にのってきた。「自衛官は軍人なのに、警察や消防と同じような公務員だと思って就職している。命をかける『賭命義務』があり、軍隊だから24時間服務、命令への服従が絶対でハラスメントが多い。退職したいという相談が多い。国家公務員の4割、25万人弱が自衛官。予算規模で世界5位の巨大な軍隊なのに、国民は実態を知らず、治外法権化している」。訴状でこう説いた。「自衛隊は憲法9条2項で不保持を定めた戦力=軍隊であるか否かが長年争われ、軍隊性を否定する政府や自衛隊がその実態を隠し過小に見せてきたため、リアルな実態が国民に可視化されなかった」

 第三の論点は「沈黙の自由」だ。自衛隊へ情報提供を希望しない人が自治体に「除外申請」する制度があり、奈良市も設けている。救済策と思われたが、原告側は非暴力、反戦平和、反自衛隊の思想をあぶり出し、憲法19条が保障する「思想良心の自由」の一つ「沈黙の自由」を侵害する違憲の制度だと指摘。自衛隊が長年「反自衛隊」の市民の情報を集め、リスト化してきた事実からこの情報を使って「監視を始める蓋然性が高い」とした。

雪崩を打ち「提供」に

 名簿提供が加速したのは19年2月、安倍晋三首相(当時)が自民党大会で隊員募集に「都道府県の6割以上が協力を拒否している」と述べ、「自衛隊9条明記」改憲論をぶってからだ。実際は、自衛隊が希望する紙・電子媒体による提供は約4割、住民基本台帳の閲覧や書き写しをあわせると9割近くが協力していたが、自治体は「閲覧」から紙・電子媒体による「提供」に雪崩を打った。防衛省によると、18年度は全国約1700自治体のうち、紙や電子媒体による「提供」は4割、683自治体だったが、22年度には6割、1068自治体になった。

 弁護団の毛利崇弁護士は嘆く。「戦争中、自治体に兵役係がいた。国の手先になって、健康状態、馬に乗れるとか軍隊に役立つ技能を調べて兵隊を集めて、赤紙を配った。戦前が戻ったと思った。国に言われたら何をやってもええんか」

 51年前、北海道長沼町のミサイル基地建設予定地の保安林指定解除を巡る「長沼ナイキ基地訴訟」で、自衛隊を憲法9条違反の「戦力」と認定した唯一の違憲判決が札幌地裁で出た。佐藤真理弁護団長は、提訴した3月29日の歴史的意義を力説する。

「8年前のきょう、安保法制が施行された。海外で戦争をする国に転換している。イラク自衛隊派遣差し止め訴訟では全国11カ所で14訴訟を行ない、08年、名古屋高裁で違憲判決を勝ち取った。奈良から、第二の長沼判決を目指したい」

(『週刊金曜日』2024年4月5日号「政治時評」より)

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