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鹿児島県警が不正追及のメディアに強制捜査 踏みにじられた「取材の自由」(上)

長谷川綾・『北海道新聞』記者|2024年6月14日6:51PM



言論の自由を保障する憲法の下で、警察による驚くべき報道弾圧が起きた。鹿児島県警が、捜査情報などを「第三者」に「漏洩」したとして現職の巡査長と前生活安全部長を相次いで逮捕した背景に、強制性交事件の「もみ消し疑惑」と、それを報じたニュースサイト「ハンター」(福岡市)への強制捜査があったことが関係者の話で分かった。県警はハンターの家宅捜索で、前生安部長が札幌のジャーナリストに郵送した、内部告発の匿名の投書の写しを見つけ、前生安部長を割り出した。県警による元幹部らの逮捕とメディアへの強制捜査は、権力に不都合な事実を報じる「取材の自由」、その根幹をなす「取材源の秘匿」を脅かすものだ。

鹿児島県警本部庁舎。(提供/PIXTA)

【記者のパソコン押収】
 4月8日月曜の午前8時半、福岡市内の静かな住宅街で、「ガサ」は突然始まった。調査報道を行なうニュースサイト「ハンター」代表、中願寺純則(ちゅうがんじ・すみのり)さん(64歳)の自宅兼事務所に、鹿児島県警の捜査員10人が現れた。「上がるな」。中願寺さんが言うと、捜査員は「ガサ状がありますから」。令状を読み上げないまま室内へ上がり込んできた。弁護士に電話しようと手にしたスマホは、捜査員に腕を押さえつけられ、取り上げられた。「令状を読み上げ始めたが『こっちは素人じゃない。いいから令状を見せろ』と言った。令状は結局最後まで読み上げられず、手にひらひらと持ったまま、見せてもくれなかった」(中願寺さん)。

 鹿児島では同じ日、県警の捜査情報などを「第三者」に流出した地方公務員法(守秘義務)違反の疑いで、元警備部公安課所属、藤井光樹巡査長(49歳)が逮捕された。中願寺さんはその関係先として家宅捜索され、「参考人」として取り調べを受けた。

 県警はパソコンも押収した。中には、取材で集めた情報、取材先とやり取りしたメール、ジャーナリストの生命線である「取材源の秘匿」にかかわる情報が詰まっている。中願寺さんは叫んだ。「パソコンすぐに返さないなら業務妨害で訴えるぞ」

【さらなる報道弾圧】
 翌日、パソコンは返された。しかし、パソコン画面のデスクトップに保存していた匿名の内部告発文書の写しが、さらなる別の報道弾圧を生んだ。文書は、3月28日に鹿児島で投函され、4月3日、札幌のジャーナリスト小笠原淳(おがさわら・じゅん)さん(55歳)に届いた。冒頭に「闇をあばいてください。」とあり、全10枚。鹿児島県警の職員がストーカーや盗撮など犯罪を疑われる行為を働き、幹部も報告を受けているのに立件も公表も処分もされていない、内部しか知り得ない情報が詳細に記されていた。
 
 小笠原さんは、地元・北海道警の未発表不祥事を掘り起こした報道で知られるフリーの記者だ。鹿児島県警にも未発表の不祥事がないか情報公開請求をしてきたが、県警は文書の存否さえ回答しない。そこで県警の閉鎖性を追及する記事をハンターで書いてきた。内部告発文書を受け取った小笠原さんは、取材情報としてハンターに写しをメールで送り、共有した。

 鹿児島県警は、この内部告発文書をハンターで押収したパソコンから見つけたのを端緒に、本田尚志前生活安全部長(60歳)を割り出したとみられる。5月31日、国家公務員法(守秘義務)違反の疑いで逮捕。さらに、警察不正を追及している小笠原さんにも捜査の手を伸ばした。
 
「札幌へ行くので事情を聴きたい」。小笠原さんによると6月4日、県警刑事部組織犯罪対策課から電話があり、投書の任意提出を求められた。13日以降、任意で聴取をしたいという。「拒否し続けたら強制捜査か」と聞いても曖昧な答えに終始し、「ハンターと同じく家宅捜索を受けるかも」と覚悟した。

 ところが翌5日、本田前生安部長から爆弾証言が飛び出した。鹿児島簡裁での勾留理由開示手続きで、「野川明輝本部長が警察官による不祥事を隠蔽しようとする姿に愕然とした。公益を守るため、記者に捜査資料を送りました」と述べ、内部告発の送り先は、小笠原さんであると実名をあげた。全国ニュースとなり、県警に猛烈な逆風が吹き始めたせいだろう、小笠原さんが6日に県警に電話すると「話してもらえなさそうなので札幌出張は取りやめにした」。
 
 小笠原さんは、前生安部長とは面識がない。逮捕をニュースで知り、勾留理由開示手続きで名前を出された後、報道機関の問い合わせを受けて初めて、差出人が前生安部長であると知った。鹿児島県警といえば、冤罪を生んだ志布志事件が有名だ。2003年、県議選で当選した陣営が買収した事件をでっち上げ、住民に「踏み字」を強要して嘘の自白をさせた違法捜査が非難を浴びた。

 小笠原さんは今回の捜査手法を疑問視する。「投書は差出人と私しか見ていないはず。県警は投書が実在するのか、現物を一切確認しないまま、本田さんを逮捕した。しかも、逮捕から4日も経って初めて現物があるか問い合わせてきた。あまりに捜査がずさん過ぎないか」
 
 中願寺さんは、家宅捜索で令状を示されなかったことに加え、同意していない取材データを削除されたとして、6月13日、県警に弁護士を通じて苦情申出書を提出した。

 中願寺さんによると、家宅捜索の翌日にパソコンを返された際、県警の捜査員から「警察の内部情報が保存されていた。流出するといけないので消していいか」と聞かれ、削除に同意。捜査員は1枚ずつ画面に表示して「これはいいですね」と確認しながら削除を始めた。ところが、小笠原さんから送られた内部告発文書の写しの一部、「刑事企画課だより」が表示された際、中願寺さんが「消さなくていいだろう」と言って同意しなかったのに、捜査員は「内部文書ですから」と述べてデータを削除したという。
 
【発端は強制性交事件のもみ消し疑惑】
 県警の「情報漏洩」事件について、「すべては鹿児島県警の強制性交事件のもみ消し疑惑から始まっている」と中願寺さんは語る。一体どういうことなのか。

札幌のジャーナリストに本田尚志前生活安全部長が送った内部告発文書の1枚目。(撮影/長谷川綾)

 報道などによると、事件が起きたのは2021年8~9月、鹿児島県内の新型コロナの宿泊療養施設。県の業務委託を受けた県医師会の男性職員が、病院から派遣されていた女性看護師に複数回、性的行為をした。女性は22年1月に「合意はなかった」として強制性交の疑いで刑事告訴。22年9月、県医師会は男性を停職3カ月の懲戒処分とし、男性は依願退職した。女性は23年2月、男性に慰謝料など1000万円の支払いを求める損害賠償請求訴訟を鹿児島地裁に提訴。鹿児島県警は23年6月、男性を強制性交の疑いで書類送検。鹿児島地検は同12月、嫌疑不十分で不起訴処分にした。女性はこれを不服として今年1月、検察審査会に審査を申し立てた。

 女性は被害の記憶に苦しみ続けている。関係者によると、周囲に被害を知られたくないという精神的負担から、事件が起きた季節になると体調が悪化。3年近く経った今も病院通いを余儀なくされている。

 女性から相談を受けた雇用主が証言する。「彼を最初に問いただした時、自分で罪をみとめた。私の目の前で『自分のやったことは強姦です』とはっきり言った。平謝りだった」。ハンターの報道によると、職員は「罪状」と題して、「自らの理性を抑えることが出来ず、衝動的な行動に至ってしまった事実に対し、刑法第一七七条に規定されております、強制性交等罪であることを認めます」とする謝罪文も書いていた。

 ところが、事態は思わぬ方向に動く。
 女性の雇用主が、監督責任がある鹿児島県医師会へ事件を報告すると、男性職員は「合意があった」と前言を撤回。「医師会に報告され名誉を傷つけられた」として、雇用主を名誉毀損で刑事告訴し、県警は、これを受理した。

 関係者によると、男性職員は、性的行為が違う日に複数回あったことから「断ろうと思えば断れたはずだ」して「合意があった」と主張している。

 雇用主はもう一つ、予想もしない事態に直面した。福岡のハンターに家宅捜索が入った4月8日の同じ時間、鹿児島市内の駐車場で、出勤のため車に乗ろうとした瞬間、バタバタと駆け寄ってきた県警捜査員4、5人に取り囲まれた。「スマホを置いていってください」。令状を示され、スマホを押収された。藤井巡査長の情報「漏洩」事件の「参考人」として県警の聴取を受けた。

 実は、雇用主は、藤井巡査長と接点があった。雇用主によると、藤井巡査長から突然「会いたい」という申し出があり、23年5月に面会した。職場に訪ねてきた藤井巡査長は、開口一番こう述べた。「(強制性交事件で)県警の対応は良くなかった。私はいち警察官で、県警を代表する立場の人間ではないけれども、本当に申し訳ないと思う。それを謝りたいと思って来ました」

 「漏洩」があったと県警がみているのは、昨年6月以降。面会の後だ。雇用主は言う。「だから内部告発なんです。彼がやったことは情報漏洩じゃない。正義感の塊だ」 

【疑惑に答えない県警】
 ハンターは、事件が発覚した22年春から2年余り、鹿児島県警の捜査を問題視する膨大な記事を書き続けてきた。ハンターの取材によると、男性職員の父親は県警の元警部補。女性が最初に告訴状を出し、門前払いをされた中央署に勤務していた。男性職員が父親と中央署に相談に行き「刑事事件にはならない」と言われたという情報もあった。

 この問題は23年3月の参院予算委で、立憲民主党の塩村あやか議員が取り上げ、警察庁の渡邊国佳刑事局長が一般論として「警察が被害届の受理を渋っていると受け取られないよう指導している」と答弁。塩村議員は「外形的には、親が警察官だと性暴力もなかったとか軽くなるような状況になっている」と批判した。

 国会質疑の3カ月後、県警は地検に書類送検。刑事告訴から1年半が経っていた。

 捜査は適正に行われたのか。国会質疑にまで発展した疑惑について、野川本部長は23年6月の県議会で答弁した。「事件関係者の親族など個別事件に関わり、関係者のプライバシーを侵害するおそれ、捜査上の支障があるため、回答を差し控える」「一般論として、加害者や被告訴人がどのような関係の者であるかにかかわらず、法と証拠に基づき、公平中正な捜査をする」。疑問には一切答えなかった。

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