入管法改正案で永住資格剥奪? 横浜中華街の在日華僑ら反対の声「深刻な差別だ」
石橋学・『神奈川新聞』記者|2024年6月27日9:01PM
税金の滞納や軽微な法律違反を理由に永住資格を剥奪できるようにする出入国管理及び難民認定法(入管法)改正案をめぐり、横浜中華街(横浜市中区)の在日華僑が反対の声を強めている。
永住資格を得た者であろうと外国籍者は取り締まりの対象として扱い、監視をし続ける――。管理と排除を強める入管の「本音」に危機感を抱いたのは、戦前から差別にさらされてきたオールドカマーだった。
「私の父は1919年に日本へ来た。いっとき入管法によってひどい目に遭わされたが、最近はそういうことはない。だから鈍感になっていた。反省している」
参議院法務委員会で意見陳述した曽徳深さん(84歳)はそう切り出した。世界最大のチャイナタウンである横浜中華街に事務所を置く横浜華僑総会の顧問。その曽さんが法案を知ったのは法案の閣議決定から2カ月後、衆議院で法案審議が始まってから1カ月たった5月12日のことだ。永住者89万人の4割近く、33万人を数える中国人のコミュニティからヒアリングもしない政府が、いかに外国籍市民を軽んじているかが分かる。
法案は税金や社会保険料を滞納したり、在留カードの常時携帯といった入管法の義務を守らなかったりした場合などに永住許可を取り消せるようにする。政府は人権侵害が問題となった技能実習制度の代わりに育成就労を創設し、外国人労働者の確保を目指す。永住者の増加が見込まれるため、永住許可制度を厳格化するというのが法改正の理由だが、外国人に「選ばれる国」にしようというのに、永住資格であってもその地位を不安定に、というちぐはぐさ。
「滞納なら督促や差し押さえで対処できる。二重にペナルティを科す必要がどこにあるのか」
「厳しい条件で出した永住許可を軽微なことで簡単に取り消そうというのが納得できない」
疑問だらけの曽さんの頭をよぎったのは自身の体験だった。1965年、中華街で結婚式を挙げ、婚姻届を出さずにいると、警察官が家に来て「なぜ届けを出さないのか」と詰問してきた。当時は日中国交正常化の7年前。
「そこまで個人の私生活を監視することがあるのかと思った。あの頃は外国人登録法だが、この入管法も政治的意図で使える法律だと認識している」
次は特別永住者にも?
横浜華僑総会は華僑16団体と連名で「永住者への深刻な差別だ」とする声明を発表。横浜中華街では5月12日、29日、6月3日と法案に関する勉強会が開催された。
親の代から100年余、中華街でテーラーを営んできた張雅齢さん(82歳)は「かつて『中国人は帰れ』と言われたものだが、同じことを政府がやり始めている」とこぼす。同じく横浜生まれの劉燕雪さん(84歳)も振り返る。「戦時中、中国人は警察の許可がないと中華街から出られなかった。疎開も許されず、父は空襲で焼け野原になったまちへ戻された。そんな非人道的な社会に戻ろうとしているのではないか」。
動揺は華僑3世やニューカマーにも広がる。
「悪質なケースに限るというが全ては入管の裁量次第。不安と不平等感が植え付けられる」
「未来を一緒に築いていくことが大事と思ってきたのに」
学校法人横浜山手中華学園の繆雪峰理事長(54歳)は「酷い差別を受けた経験がない世代も日本社会に残る偏見をどこかで感じてきた。信じたくなかった現実を突きつけられた思いだ」と声を落とす。
昨年の入管法改正で難民申請中でも強制送還できるようになり、非正規滞在者の排除が強化された。曽さんは差別・排外主義の高まりを憂い、投げかける。
「永住者にこういうことをするなら次は(旧植民地出身者と子孫の)特別永住者にも同じことをやるだろう。それに慣れたら自国民の中のマイノリティに対してやる。政府のそうした姿勢を日本の国民は感じ取るべきだ。自分たちの立場を危うくする政治を許すのか、自らの問題が突きつけられている」
(『週刊金曜日』2024年6月14日号)