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鹿児島県警「漏洩」で権力の暴走明るみに 踏みにじられた「取材の自由」(下)

長谷川綾・『北海道新聞』記者|2024年6月27日8:20PM

鹿児島県警が、捜査情報を「漏洩」したとして現職の巡査長と前生活安全部長を逮捕した事件は「取材の自由」の問題に発展した。権力の暴走をチェックするジャーナリズムの真髄を実践したのは大手メディアではない福岡と札幌の記者たち。彼らに県警は圧力を加えた。

昨年11月17日のハンターの記事に掲載された刑事企画課だより。

 鹿児島県警に逮捕された藤井光樹元巡査長(49歳)の情報「漏洩」は、大ニュースを生んだ。

「捜査書類の廃棄促す文書」。6月8日、『西日本新聞』が朝刊1面トップに特大の横見出しをうった。県警が昨年10月2日付の「刑事企画課だより」で、「捜査資料の管理」について、「再審や国賠請求等において、廃棄せずに保管していた捜査書類やその写しが組織的にプラスになることはありません!!」などと記し、「速やかに廃棄」するよう促していたと報じた。同紙によると、藤井元巡査長が外部に流出させたものだという。『西日本』は、ネットでこの記事を「独自」と銘打った。

 翌9日には、『毎日新聞』も追いかけた。だが、これは『西日本』の「独自」ではない。

7カ月前、ニュースサイト「ハンター」がスクープ

 調査報道を行なうニュースサイト「ハンター」(福岡市)が7カ月前、昨年11月17日にスクープした。書いたのは札幌のジャーナリスト小笠原淳さん(55歳)。記事で、「公務員が職務上作成した書類は公文書であり、県民の財産だ」と指摘し「再審請求や国家賠償請求は、国民の重要な権利。県警はそれを頭から否定し、『組織的なプラス』を優先して証拠をどんどん廃棄しようというのだ」として「組織的な隠蔽の奨励」と厳しく批判していた。

『西日本』が1面トップで書いた同じ日、ハンターでは、小笠原さんがこの続報で再びスクープを放った。

 ハンターの一報が出た4日後、昨年11月21日付の刑事企画課だよりが、ほとんど同じ文章を再掲しつつ、批判された部分を修正したと指摘。捜査書類の廃棄を促した一文をそっくり削除し、代わりに「国賠請求や再審請求等が提起された場合には、その対応に必要なものは引き続き廃棄せずに保管管理する必要があります」と全く逆の内容に差し替えたと報じた。

 新たな刑事企画課だよりは、本田尚志前生活安全部長(60歳)から4月3日、小笠原さんに届いた内部告発文書に同封されていた。このニュースも、『西日本』など各紙が追いかけた。6月20日には、日弁連会長が抗議声明を出す事態に発展した。

 つまり、再審請求、国賠訴訟を阻止するようなとんでもない県警の通知をまず、藤井元巡査長が「漏洩」し、ハンターがこれは問題だと市民に伝えた。結果、県警は全面改変に追い込まれ、それを本田前生安部長が「漏洩」し、再びハンターが世に明らかにした。

 本田前生安部長の「漏洩」でも、県警は不祥事隠蔽を取り繕うような動きを見せている。

 本田前部長は、全10枚の投書の1枚目に、たった1行だけ「闇をあばいてください。」と記し、2枚目には「鹿児島県警の闇」と題して次の四つの問題を列挙。3枚目以降に捜査資料などを添付した。

①駐在所勤務の巡査長が、立ち寄り先を記した「巡回連絡簿」で携帯電話番号を入手し、女性に連絡をとり性的な話題をした「霧島署員によるストーカー事案」

②勤務中に公衆トイレで盗撮し、捜査車両を使って逃げたのに、県警本部の刑事部長が「静観しろ」と指示して強制捜査をしなかった「枕崎署員による盗撮事案の隠蔽」

③退庁時間を遅く申告し手当を多くもらった「警視による超過勤務詐取事案の隠蔽」

④署員のストーカー事案が2件発生した霧島署署長(警視)の「警視正昇任とストーカー取締部署である生活安全部長着任」

 小笠原さんが文書を受け取ったのは4月3日。県警は同8日にハンターを家宅捜索した。そして、5月13日、枕崎署の元警備課所属の巡査部長を逮捕した。鹿児島市内の女子トイレで昨年12月15日、盗撮した性的姿態撮影処罰法違反と建造物侵入の疑いだった。通常、盗撮事件の捜査に5カ月もかけることはない。県警が家宅捜索で本田前部長の告発文書を知り、急いで署員を逮捕したのではないか。

 本田前部長はこの2週間後に逮捕され、6月5日の勾留理由開示手続きで、盗撮事件は野川明輝本部長が隠蔽しようとしたと発言。同10日にはコメントを発表し、内部告発で書いた「静観しろ」の指示は刑事部長ではなく、野川本部長だったと明かした。本部長の隠蔽を知っているのがごく少数で、情報源が特定されるため、わざと変えたという。「刑事部長を陥れる意図はなかった」と謝罪。ストーカー被害女性の個人情報を含む捜査資料を送った点も「配慮が欠けていた」と詫びた。野川本部長は21日、前部長の起訴を受けた記者会見で、盗撮事案は「証拠が足りない」と判断し、警察署長指揮で捜査を続けさせていたと説明。刑事部長の記述は「明らかな虚偽」と指摘し、ストーカー被害者の個人情報が含まれる内容から「公益通報ではない」と主張した。

 本田前部長は地元の記者ではなく、鹿児島から1600キロ近く離れた札幌まで内部告発の文書を送った。関係者によると、ハンターで小笠原さんが書いた刑事企画課だよりの批判記事を読み、北海道警の未発表不祥事を掘り起こした本も出していると知って「この記者なら書いてくれる」と思ったからだという。

 小笠原さんは車の免許を持っていない。1999年、地方紙『北海タイムス』の復刊運動で誕生した日刊『札幌タイムス』の記者になり、2005年から月刊『北方ジャーナル』を中心に執筆。免許をとる経済的余裕がなかったという。資金力のある報道機関が黒塗りの車で取材している時、小笠原さんは自転車をこいで駆け回っている。取材費はカツカツ、「記者クラブ」の外にいて情報アクセスが悪いはずのジャーナリストに、元県警幹部は組織の「闇をあばいて」と望みを託したのだ。

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