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鹿児島県警「漏洩」で権力の暴走明るみに 踏みにじられた「取材の自由」(下)

長谷川綾・『北海道新聞』記者|2024年6月27日8:20PM

もみ消し疑惑、端緒は情報公開請求

 情報「漏洩」の発端とされる強制性交事件について、県警のもみ消し疑惑を書き続けたのは、ハンターだけだった。代表の中願寺純則さん(64歳)は「事件の記事を書きたい」という記者の相談に乗ることもあった。だが、社に持ち帰った後の返事は「ダメでした」。記事化されることはなかった。

 ハンターの調査報道は、情報公開請求を多用する。県医師会職員が加害者とされる強制性交事件でも、県への情報公開請求で、医師会長が県に行なった説明の記録を入手。黒塗りになっていたが、医師会職員が県警に相談していたことをうかがわせる記述をみつけた。これを端緒に、女性が刑事告訴する前、医師会職員が元警察官の父親と県警に相談に行き「刑事事件にならない」と言われていたとの情報をつかんだ。(医師会職員は不起訴処分、女性が検察審査会申し立て中)

「合意に基づく性行為」。医師会側は22年9月、職員の処分を発表した記者会見で断言した。刑事告訴から8カ月後、まだ捜査の途中だったが新聞やテレビの多くはこの発言に批判を加えず、伝えた。

 女性の代理人、美奈川成章弁護士は批判する。「当初、告訴状の受理を拒んだ警察も、捜査中に『合意があった』と発表する医師会も、人権を無視した対応で女性をさらに傷つけた。だが、問題を指摘しなかったメディアの責任も大きい」。

 中願寺さんは言う。「日本のメディアは、当局の発表に依拠する体質が根づいている。政府が、県が、警察が、と権力者が主語で始まる記事ばかり。これでは権力維持の補助装置ではないか」。

目指すは米国の調査報道サイト

 ハンターは、こうしたメディアへの危機感から中願寺さんが11年3月10日に設立。翌日、東京電力福島第一原発事故が起き、当局発表に頼る報道の限界が露呈した。目指したのは、07年に誕生した米国の調査報道サイト「プロパブリカ」。広告なしで、巨額の寄付をもとに調査報道を行ない、ネットメディア初のピュリツァー賞を受賞している。ハンターも広告はとらず、月1万円の協賛金制度を設けた。中願寺さんは複数の会社顧問を務め、生計を立てているという。

 参院議員秘書を務めた経験から「政治とカネ」の調査報道が得意だ。16年、三反園訓鹿児島県知事(当時)の選挙運動費用収支報告書の問題を指摘、130カ所以上訂正させた。21年、公明党のプリンスといわれた遠山清彦衆院議員(同)の政治資金収支報告書を調べ、キャバクラなどに約11万円を「不適切支出」したとスクープ、政界引退に追い込んだ。

 潜入取材をするため、顔写真を公表していない。福岡8市町村の広域ごみ処理施設建設を巡る不透明な積算根拠を追及。共感した市民に呼ばれ、田川市で昨年11月に講演した。ポスターは写真なし名前なし。「噂の男がやってくる」と書いた。人口4万5000人のマチで1400人が集まり、会場の外まであふれた。

 尊敬するジャーナリストは、筑紫哲也さんだ。平日は1日1本以上の記事をアップ。創業13年で3400本を配信した。

「第二の西山事件」と記者仲間に心配される

 ガサ入れ後は、「きょう身柄をとられる(逮捕される)のでは」と毎朝緊張した。「第二の西山事件だ」と記者仲間には心配された。

 4月18日には県警から「被疑者だ」と通告され、21、23日の2日間、福岡南署で、鹿児島県警から事情聴取を受けた。「もう会社をたたまないけんかもしれん」。2回目の取り調べの最中、持病の狭心症の発作を起こして倒れた。「県警に行動を把握され、取材先に迷惑をかける」。本田前部長の証言で県警批判の風が吹くまで2カ月近く、取材活動ができなかった。

「西山事件」とは政府が沖縄密約事件を言い換える呼称だ。1971年、佐藤栄作政権が沖縄返還の不正を暴こうとした『毎日新聞』の西山太吉記者を逮捕した。外務省職員が情報を漏らした国家公務員法違反の疑いで逮捕され、西山さんは、それをそそのかした教唆の疑いだった。密約は、佐藤政権が沖縄返還のため公金を肩代わりして米国に払う内容で、佐藤首相や外務省が財政支出や国会答弁で嘘を重ねた罪は、何ら問われなかった。不正を国民に知らせようとした公務員と記者が有罪の汚名を着せられた。

 メディアでは今、権力の不祥事を掘り起こし、権力批判を行なう記者は少なくなりつつある。権力になびく報道も蔓延している。今回も、ジャーナリストへの内部告発の可能性がある「情報漏洩」と、わいせつや盗撮事件をひっくるめて「相次ぐ県警不祥事」として市民の反応を報じた新聞やテレビがあった。

重なる20年前の北海道警裏金告発

 藤井巡査長は、懲戒免職になった。不正義を世に問うた人たちの口を封じるような警察組織に、正義はあるか。

 鹿児島の警察官たちの姿に、20年前、北海道警の裏金問題を告発した元道警幹部、故・原田宏二さんの姿が重なった。尾行が付き、中傷されても、正義のため仕事をする大勢の警察官のため、と裏金根絶を訴え続けた。

 原田さんは生前、こんな「記者」の話をしていた。公金をプールする裏金があった、と記者会見する当日の2004年2月。覚悟を決めて札幌市内の自宅を出ると、旧知の新聞記者が家の前に立っていた。「大変なことになるから、会見はやめたほうがいいですよ」。原田さんは言葉を失った。

 道警は19年、札幌での安倍晋三首相(当時)の参院選応援演説で、「安倍やめろ」「増税反対」とヤジを飛ばした市民2人を強制排除した。原田さんが、私たち記者に投げかけた言葉が胸を衝く。「あなたたち、なめられているんですよ。目の前で警察官が違法な排除行為をやっても、何も言わないだろうと」

 6月11日、中願寺さんはニュースサイトで家宅捜索を受けたことを明らかにし、「報道弾圧に抗議する」と宣言した。

 市民の期待は大きい。「ピンポン、ピンポン」。今、中願寺さんのスマホは、LINEとメールの通知音が一日中、鳴りやまない。家宅捜索が報道された6月8日以降、1日70~80件もの情報提供が全国から殺到しているのだ。サイトのアクセス数は10倍に跳ね上がった。

 権力が暴走しないよう不正をチェックする。ジャーナリズムの最も大事な役割を果たしている記者たちへの弾圧を、これ以上許すわけにはいかない。

(『週刊金曜日』2024年6月28日号「政治時評特別版」を一部修正)

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