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アルゼンチン国家の虐殺責任、告発指導者の死が問う「いま」

本田雅和・編集部|2024年7月4日4:29PM

「1977年4月の朝、息子のグスターボは仕事に向かう途上で拉致されて以来、行方不明のまま。私はブエノスアイレスの自宅で洋服の仕立てを教えていた普通の主婦でしたが、その日以来、私の人生は全く変わりました。グスターボは経済学を修め、左派系の政治組織に属し、貧困地域での社会奉仕活動に従事していました」

 2018年秋、「女たちの戦争と平和資料館」(wam)や上智大学共催の集会に招かれて来日したノラ・コルティーニャスは、胸中に静かな怒りを燃やしつつ、そう語り始めた。グスターボが巻き込まれたアルゼンチンの国家犯罪――1976年から83年まで続いた軍事独裁政権による拉致・拷問・謀殺・隠蔽事件の被害者は3万人と推定され、ノラをはじめ「5月広場の母たち」の粘り強い真相究明・責任追及は今も続く。

東京で講演するノラ・コルティーニャスさん。東京・四谷で。(提供/wam)

 そのノラがしかし、5月30日に亡くなったとの報が日本の支援者にも届いた。94歳だった。パレスチナ・ガザやウクライナで続く侵略と虐殺の「いま」の時代に、彼女の死は「民衆の抵抗」のあり方を世界に向けて静かに問いかける。地元メディアはもちろん、『ニューヨーク・タイムズ』『ワシントン・ポスト』など米紙も挙って大々的に訃報を掲載したが、日本では、ほぼ黙殺され続けている。

 73年には自由選挙で選ばれたチリのアジェンデ社会主義政権が米CIA(中央情報局)の謀略で軍によって転覆させられるなど、米国は情報機関を使って自国の裏庭と見なすラテンアメリカ諸国の左派勢力の追放を図っていた。いまパレスチナでは、ハマースが正当な選挙で政権を獲得したにもかかわらず、米国や〝西側〟諸国がこれを認めずにイスラエルを盾に軍事介入しているが、アメリカはチリなど中南米においては軍部・軍閥を盾に政治工作をしていた。

 アルゼンチンの軍事独裁政権も米国の支えなしにはありえなかった。同政権下で左派系労働者や「転覆活動分子」と見なされた反政府市民・インテリが大量に「失踪」し、軍や治安部隊による秘密連行先の拘禁・拷問・虐殺施設はいま分かっているだけでも国内700カ所以上にのぼっている。

〝和解〟という構造的暴力

 ノラたちの来日時の報告でも、▽1983年の民政移管後の政府が調査委員会を立ち上げて報告書も出し、ある程度の事実関係が浮かび上がった、▽85年には軍事政権当時の大統領が有罪判決を受けた、▽一時は責任者処罰も進むかに見えたが、86年から免責法による対軍裁判の制限や加害者への恩赦が拡がった――などが明かされた。国家の側が「国民和解」という美辞麗句で「加害者の不処罰」とセットで提示したとき、ノラたちの闘いは「私は忘れない、私は許さない、私は和解しない」との宣言に発展していく。

「日本軍『慰安婦』(性奴隷)をはじめとした侵略・植民地支配の問題では、日本で『リベラル』と言われる人たちが〝和解〟ありきの議論を推進し、その意味は『日韓』など国家間和解の文脈で語られていた。『前に進む』ために被害者が『許す』ことを求める主張さえある。それは誰が『前に進む』ための『和解』なのか?」

 wamの渡辺美奈は、新たな構造的暴力として〝和解〟圧力が被害者らの前に立ちはだかっている現実に苦悶。そんなときにアルゼンチンを訪問、「私は」の主語で始まるノラたちの宣言に、抗い続ける力の源泉を知らされた。

 アルゼンチンでは拉致被害者の3割が女性。強かんなどの性暴力が支配の手段となり、権力側からは強かん・性暴力を「恋愛」や「疑似恋愛」として描く言説まで流された。それがまた、被害者の沈黙を世論誘導していた。凄絶な強かん被害が告発された海軍施設内での生還率は5%だった。

 ノラたちの告発運動で「強制失踪」という国家暴力は国連用語にもなり、2006年に国際人権条約として結実している。(敬称略)

(『週刊金曜日』2024年6月14日号)

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