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鹿児島県警元巡査長、公益通報で争わず結審 「刑事企画課だよりはおかしい」 

長谷川 綾・『北海道新聞』記者|2024年7月12日5:12PM

記者に警察の内部資料を渡したのは、警察の在り方を正したかったから──。鹿児島県警情報「漏洩」事件の初公判で7月11日、元巡査長は公益通報で争わなかったが、初めて明かした「漏洩」の動機は、公益通報そのものだった。


 公益通報の主張はせず、市民の予想を覆す展開だったかもしれない。鹿児島県警の捜査資料を記者に渡したとして地方公務員法(守秘義務)違反の罪に問われた藤井光樹元巡査長(49歳)=懲戒免職=の初公判が11日、鹿児島地裁(松野豊裁判官)であった。藤井元巡査長は「間違いありません」と起訴内容を認め、1回で結審した。

情報「漏洩」か公益通報か──。揺れる鹿児島県警本部。(撮影/長谷川綾)

「警察の軸足がずれてる」

 起訴状などによると、藤井元巡査長は2023年6月から今年3月の間に、福岡のニュースサイト「ハンター」代表の中願寺純則記者(64歳)に対し、3回にわたり96の事件で304人分の個人情報を「漏洩」したとされる。

 検察側の冒頭陳述によると、藤井元巡査長は、県警本部公安課外事第二係で警備情報の収集、整理を担当していた。まず、23年6月12日、警務部情報管理課照会センターに照会して入手したある男性の犯歴をスマホから送った。同9月20日頃~同10月20日頃、県警が受理した告訴・告発事件の処理経過、関係者氏名、生年月日などが記された「告訴・告発事件処理簿一覧表」(処理簿)の書面10枚を鹿児島市内で渡した。今年3月11日にも、処理簿の書面47枚を、鹿児島市内から福岡の中願寺記者宅に郵送した。

 説明を加える。処理簿の2件の「漏洩」は、鹿児島県医師会の男性職員(当時)が、女性看護師に強制性交の疑いで刑事告訴された事件に関するものだ。ハンターの報道によると、職員は元警察官の父親と県警に相談に行き「刑事事件にならない」と言われていた。検察は嫌疑不十分で不起訴としたが、ハンターは県警の「もみ消し疑惑」を追及していた。昨年10月には「独自入手」した処理簿で疑惑が裏付けられたと報じていた。

 公判に戻る。被告人質問で藤井元巡査長は、情報提供の動機を「記者から質のよい情報を得ることができ(警察組織内で)自分の評価を上げられると考えた」と述べた。また、強制性交容疑事件で告訴状がすぐ受理されず、捜査が長引いたことに触れ「事件の被害者がふびんだった」と述べた。

 特筆すべきは、今回、罪に問われていないが、捜査資料の廃棄を促す記述があった県警の内部文書「刑事企画課だより」について、自身が中願寺記者に情報提供したことを初めて明かした点だ。弁護人の質問に対し「警察の軸足がずれているように感じた。あるべきところに戻したいと思った」と述べた。

 弁護人の穂村公亮弁護士は最終弁論で、情報提供の公益性に焦点を当てた。「個別の特定の事案において、不自然不相当と思料される事件処理経過を認識したため、再捜査等が開始されることを期待し」た。また「捜査資料、証拠品等が杜撰に管理されたり、警察の内部文書(刑事企画課だより)で捜査資料の積極的な廃棄処分を促すなど、捜査機関としてあるまじき対応を行っていた警察組織の実情が明るみになることによって、組織体制がよりよく改善されることを期待し」た。対価の金銭をもらっておらず、情報提供は記者1人である点を考慮し情状酌量を求めたい、と。

 検察側は「秘匿性が高い情報を漏らした悪質な事案」として懲役1年を求刑。弁護側は執行猶予付きの判決を求めた。判決は8月5日に言い渡される。

 地裁最大の90席を有する206号法廷は満杯だった。注目を集めたのは、本田尚志・前生活安全部長(60歳)の情報「漏洩」事件の発端となったからだ。県警は藤井元巡査長を逮捕した4月8日、ハンターを家宅捜索し、押収したパソコンから、本田前部長の内部告発を把握した。本田前部長がハンターの執筆者である札幌のジャーナリスト小笠原淳さん(55歳)に送った内部告発文書が、パソコンで情報共有されていた。

 本田前部長も、野川明輝県警本部長が警察官の盗撮事案などを隠蔽しようとしたなどと訴えた。つまり、藤井元巡査長も本田前部長も、意図が何であれ、警察の深刻な問題を市民の前に明らかにした点で、公益通報といえる。

 藤井元巡査長は5月20日に鹿児島地検が起訴、同月21日に保釈され、県内の自宅に戻った。本人も弁護人もメディアの取材に応じてこなかったが、初公判を6日後に控えた7月5日、穂村弁護士が初めて単独インタビューに応じた。

「藤井さんの動機は三つです」。鹿児島市内の事務所で、穂村弁護士はこう切り出した。

 第一の動機は、記者と信頼関係を築くため。情報提供すれば、捜査の端緒となる情報を得られると思ったからだ。公安課の外事担当で情報収集は業務であり、記者との情報交換は珍しいことではない。

 第二の動機は、強制性交容疑事件の捜査がおかしいと思ったため。内部情報が報道され、再捜査につながることを期待した。ただ、捜査のおかしい点の確証を得ていたわけではなく、中願寺記者の話を聞いてそう思ったという。

 第三の動機は、「刑事企画課だより」がおかしいと思ったためだ。藤井元巡査長が記者に渡した23年10月2日付では「再審や国賠請求等において、廃棄せずに保管していた捜査書類やその写しが組織的にプラスになることはありません!!」などと記し、「速やかに廃棄」するよう促す記述があった。

 藤井元巡査長は「自分も刑事をやっていた経験から、明らかにおかしいと思った。証拠隠滅を捜査資料でやっているのは、警察組織としてあるべき体制じゃない。報道で外から是正してもらいたいと考えた」と話したという。

「腹を決めてやってる」

 三つの動機のうち、どれが一番大きいかを問われ、藤井元巡査長は、第一の動機を挙げたという。だが、穂村弁護士は、こうも言う。「藤井さんは警察組織への思い入れが強く、あるべき理想像がある。信念に反する行動はとれない。だから『刑事企画課だよりは本当に許せなかった』と言っていました」

 一方、中願寺記者は藤井元巡査長から繰り返しこんな言葉を聞いている。「うちの組織は腐っている。外から指摘されないと変われない」。3件目の「漏洩」は逮捕される1カ月前。藤井元巡査長は、身辺捜査が始まったことに気づき、心配した中願寺記者にこう語ったという。「腹を決めてやっている。万が一、身柄をとられて(逮捕されて)も、中願寺さんは決して気に病まないでください」

 最初の情報を「漏洩」する1カ月ほど前の昨年5月、藤井元巡査長は、被害を訴えた女性の雇用主を訪ねて、「(強制性交容疑事件で)県警の対応は良くなかった。私はいち警察官で、県警を代表する立場の人間ではないけれども、本当に申し訳ないと思う」と謝罪した。

 筆者の本誌記事(6月21日号)がヤフーニュースで配信された。すると、藤井元巡査長の知人とみられる人物が、この言葉を引用した上でこう書き込んだ。

「若い頃の彼を知っているが、まさにこういう人物でした。自分の良心に従って行動したんだと思います。みっちゃんらしいな…」

 藤井元巡査長自身はこの記事を読み、「正義の告発者みたいに書いてあるが、自分はそんな人間じゃない。公益通報でも何でもない」と話した、と弁護人はいう。

 捜査資料廃棄を促す「刑事企画課だより」の「漏洩」が立件されなかったのは、県警の失態に焦点が当たるのを避けるためだろう。藤井元巡査長の「漏洩」がなければ、永遠に闇に埋もれたに違いない。市民からみれば、藤井元巡査長こそが、公益通報者だ。

(『週刊金曜日』オンライン限定 2024年7月12日配信 政治時評特別版)

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