生活保護費引き下げ訴訟で続く違法判決 行政独裁に司法が釘を刺すか
三宅勝久・ジャーナリスト|2024年7月16日3:46PM
自民党に忖度する格好で、厚生労働省が2013年から段階的に生活保護基準額を最大で10%という前例のない大幅な引き下げを行なった処分の取り消しを求めた全国集団訴訟(通称「いのちのとりで裁判」)は、主戦場の一つを東京高裁に移して激しい攻防が続いている。
東京高裁管内では、これまでに横浜地裁、東京地裁(3件)、千葉地裁、静岡地裁、さいたま地裁に計7件の提訴がなされ、すべて判決が出た。いずれも引き下げは違法だとする原告勝訴判決だ。被告(地方自治体や特別区、国)はこれを不服として、東京高裁に続々と控訴している。
東京高裁管内の訴訟7件のうち最新となる一審判決は6月13日に東京地裁で言い渡された。争点の一つは「デフレ調整」にあった。
生活保護制度を所管する厚労省は「生活扶助相当CPI」という独自の物価指数を専門家(生活保護基準部会)に諮ることなく13年に「創作」し、テレビやパソコンなど、価格下落は激しいものの生活保護受給世帯が滅多に購入しない品目をあえて重視する算出を実行。08年から11年にかけての3年間で物価が平均4・78%下落したという、異常値ともいうべき大きな数字を出し、引き下げの根拠に利用した問題である。
これについて篠田賢治裁判長は13日の判決で次のように述べて、厚労大臣の裁量権逸脱を認定した。
「テレビ等5品目の価格下落率が過大に評価された結果、本件下落率(-4・78%)の大半の部分が過大に算定された疑義がある。/これは、恣意的な判断が介在しないという意味での合理性、国民に対する分かりやすさという意味での簡便さ等といった被告らの指摘する他の要素を最大限考慮したとしても、許容し得る誤差の範囲を超えたものといわざるを得ない」
「広範な裁量権」根拠は?
他の地裁判決でも同様に、自治体や国に厳しい判断が相次いでいる。だが、控訴審で国などは詭弁ともいえる釈明を繰り返し、執拗に抵抗を続けている。その言い分を簡単にまとめれば、こういうことらしい。
〈厚労大臣には広範な裁量権が認められており、専門家の意見を聞く義務もない。引き下げを違法とした一審判決は誤りである〉
「広範な裁量権」の根拠として国が掲げるのが、生活保護の老齢加算廃止をめぐる最高裁判決(12年2月)だ。
同判決で最高裁は、老齢加算廃止は違法だとした福岡高裁判決(10年6月)を破棄し、適法とした。最高裁判決の担当調査官だった岡田幸人氏は「(厚労大臣の)裁量の幅は広いものといわざるを得ない」と解説している。
ところが国にとっては金科玉条だったはずのこの最高裁判決も、今回ばかりは不利に働く可能性が出てきた。5月30日、生活保護費引き下げの違法を問う別の訴訟の判決が東京地裁であり、原告勝訴が言い渡された。判決を言い渡した裁判長は、他でもない、「老齢加算」事件の岡田幸人氏だ。判決理由で岡田裁判長はこう述べる。
「憲法25条の理念に基づく生活扶助の重要性等に鑑みれば、そもそも、生活扶助基準の改定に係る厚生労働大臣の判断の過程又は手続に過誤、欠落が認められる場合には、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があると認めざるを得ない。(中略)本件改定の適法性を裏付けるには不十分であるといわざるを得ない」
厚労省は引き下げの手続きを、専門家の意見を聞かず情報公開もないまま秘密裏に行なった。その密室行政について、さすがの岡田裁判長も裁量権逸脱を認めざるを得なかったということだろう。
大臣の裁量権をどこまでも広げようとする厚労省の姿は、三権分立が壊れかけている実状を浮き彫りにした。行政独裁を前に司法は釘を刺すことができるのか。大阪などでは厚労省の顔色をうかがうような控訴審判決も出ており、目が離せない。
裁判日程などの情報は「いのちのとりで裁判全国アクション」公式サイト(※) をご参照のこと。
※いのちのとりで裁判全国アクション https://inochinotoride.org/
(『週刊金曜日』2024年6月28日号)