憲法違反の差別「優生手術」を認めてきた国と法律を断罪 最高裁判決
大橋由香子・フリーライター|2024年7月26日2:41PM
2018年1月、宮城県の佐藤由美さん(仮名)が、優生保護法(1948年制定。96年に母体保護法に改正)により受けた強制不妊手術(優生手術)に対し国家賠償訴訟を提訴。その報道を見て自分の手術も同じと気づいた全国39人の原告が各地で起こした「優生保護法裁判」のうち5件について最高裁判決が7月3日に下された。
「不良な子孫の出生を防止する」ために強制力を使ったり騙したり麻酔を使ったりしてもよいと厚生省(当時)が通知した優生手術は憲法違反だが、当初は除斥期間(不法行為から20年経過すると賠償請求権が消滅)の壁で原告が敗訴していた。ところが22年の大阪・東京両高裁以降は原告勝訴が続いた。にもかかわらず、国は控訴や上告を繰り返してきた。「自分たちが死ぬのを待っているのか」と憤りつつ今年3月の福岡高裁判決を前に逝去した渡邉數美さんを含め、6人の原告が無念の死を迎えた。
最高裁大法廷(戸倉三郎裁判長)は5月29日、大阪・東京・札幌・仙台の各高裁からの上告審につき口頭弁論を開いた。19歳で診断なしに精神病院に入院させられ「あんたみたいなのが増えると困るから」と看護師に言われ手術された北海道の小島喜久夫さんは「幸せになるか不幸になるかは自分で決めること。自分で自分の人生を決めたかった」と涙ながらに訴えた。
こうした原告たちの声や弁護団の主張、そして正義・公平な判決を求める署名運動(優生保護法問題の全面解決をめざす全国連絡会=優生連=の呼びかけ)に集まった33万3602筆の思いが最高裁に届くのか。判決当日は酷暑の中での傍聴抽選に約1000人が長蛇の列を作った。
判決は優生手術が憲法13条(自己の意思に反して身体への侵襲を受けない自由)違反だと認定。障害のある人は劣った人と国が扱ったことも同14条1項(法の下の平等)が禁じる差別にあたり優生保護法自体が違憲だとしたうえで、国による除斥期間の主張も著しく正義・公平の理念に反し、権利の乱用として許されないと断じた。
首相は原告らに直接謝罪
耳が聴こえなかった小林喜美子さんは結婚後に妊娠を喜んだが、夫の母の反対で、中絶に加え無断で不妊手術もされた。判決後の会見で夫の寶二さんは、提訴後に亡くなった喜美子さんの写真とともに「妻も今日の判決を喜んでいると思う。憲法に違反した法律で苦しみが引き延ばされた。6年間、長かった」と手話で語った。
14歳で「悪いところを取るから」と教護院の職員に嘘をつかれ手術された北三郎さん(仮名)は口頭弁論で「子どもを産む・産まないは人から勝手に決められることではありません」と訴え、判決日は自筆の書(写真)を掲げた。12歳で子宮摘出された兵庫県の鈴木由美さんは「この判決を第一歩として、誰もが当たり前に暮らせる社会をつくっていきたい」と語った。
前記各高裁で1件だけ原告敗訴の仙台判決は差し戻し。97年から「私の人生を返して」と訴え続けた原告の飯塚淳子さん(仮名)、同じく原告の佐藤由美さんの義姉・路子さんは「障害者差別のない社会がきてほしい」と喜び合った。
それ以外の高裁で原告勝訴の3件は国側上告の不受理を決定したが、北海道の夫妻の妻が中絶・不妊手術された事実については、証拠がなく立証できないとして原告の訴えを却下した。原告弁護団共同代表の新里宏二弁護士はこれについて「証拠が失われた責任をとるのは国」とコメントした。
一時金支給法では不十分とした今回の判決を受け、岸田文雄首相は新たな補償のあり方についての検討を指示。7月17日に原告らに会いお詫びを伝えるとした。原告団と弁護団、優生連は7月9日、超党派の「優生保護法下における強制不妊手術について考える議員連盟」の田村憲久会長に①政府・国会による謝罪、②全被害者への賠償・補償、③恒久対策として真相究明・再発防止施策を当事者と協議して実施――を求める要望書を提出した。
(『週刊金曜日』2024年7月19日号)