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国家という怪物相手に違憲訴訟に素手で挑む(下) 婚外子差別の根絶求める富澤由子の闘い     

室田 康子・ジャーナリスト。元『朝日新聞』、『朝日ジャーナル』記者|2024年8月2日8:03PM

富澤由子、73歳。二つの違憲・国家賠償請求裁判を、弁護士を立てない本人訴訟で闘っている。事実婚で子どもの出生届を出すときに味わった根深い「婚外子」差別、そして相続裁判で生来の姓を使えなかった「私の苦痛」――自らの結婚、出産、相続での体験をもとに、国と司法に変革を迫る。人生の後半に想像を絶する労力と時間をかけ、本人訴訟に同時並行で挑んだ。この闘い方を、富澤はなぜ選んだのか。

 2013年、婚外子の相続差別は違憲との最高裁大法廷判決が出て、民法が改正された。富澤由子たちは、これで出生届の続き柄欄も廃止されると喜んだ。戸籍で嫡出か否かの選別をするのは相続で差をつけてきたためで、その理由が無くなったからだ。ところが違憲判決が出た直後、別の裁判で最高裁小法廷は嫡出の記載を定めている戸籍法の規定は合憲という判決を出した。「この欄が必要不可欠とはいえない」としつつも「事務処理の便宜に資する」としていた。富澤らの落胆は大きかった。

さりげなく支え続けてくれた藤田成吉と。病気が進行してから、記念にと写真家に依頼して撮った。(撮影/秋元良平@akiquill)

 このとき法務省は、出生届の続き柄欄を廃止する戸籍法改正案を準備していた。しかし、自民党の一部から強硬な反対があって合意が得られず、国会提出は見送られた。最高裁判決の影響もあった。

判決では戸籍事務処理のためとされたが、現場からは逆の声があがる。全国の戸籍・住民票事務担当者でつくる協議会は、「婚外子差別を誘発しかねない要因を除去し、戸籍事務上不要な事項を撤廃して事務を簡素化するためにも、続柄欄を廃止することは極めて合理的」と、欄の廃止を求める要望を法務省に出している。

 国際機関からの批判も相次いだ。国連の自由権規約委員会や子どもの権利委員会、女性差別撤廃委員会から日本政府への差別的規定廃止を求める勧告は十数回に及ぶ。それでも国は対処してこなかったのだ。

パートナーのケアのため

 事実婚を貫いてきた富澤と藤田だが、17年に婚姻届を出した。ともに高齢になり、病気がちの藤田成吉の治療にかかわるためには法律上の夫婦である必要が出てきたためだ。夫婦の姓は、藤田にした。通称使用の範囲は広がりつつあり、同年には裁判官らが旧姓で判決文をはじめ裁判文書を書くことができるようになっていた。戸籍名は変わっても、共同代表を務める「女性参政権を活かす会」などの活動は富澤姓でする。これは自分で姓を選ぶ権利を広げる契機なのだと富澤は思おうとした。

 しかし、二重の姓で生きることは現実には簡単ではなかった。銀行や病院で「藤田さん」と呼ばれるたび、「いえ、違います」と思い、違和感が広がった。自分の意思に反した氏名を押し付けられることは人格を傷つけられることであり、身体への暴力と同じだと実感した。選択的夫婦別姓の実現を求める第1次集団訴訟の原告団長だった塚本協子と知り合ったのはこの数年前。富山市に住む塚本は上京の際に婚外子差別反対の集会にも参加し、一緒にデモをした。

 15年、最高裁で民法の夫婦同姓規定は合憲という判決が出たとき、80歳の塚本は「私は塚本協子で生き、逝きたい」と無念の涙を流した。その後も別姓裁判を支援し続けたが、19年に急逝。富澤にとって大きなショックだった。塚本の意志を継ぐ者たちがいることを世に示さなければ。翌月富山で行なわれたマラソン大会に「別姓実現」と書いた鉢巻きをして参加した。フルマラソンは初体験で、22キロ地点で時間制限となってリタイア。塚本を支えてきた「選択的夫婦別姓を実現する会・富山」のメンバーが温かく迎えてくれた。「思い立ったら突っ走るのは『行動する女たちの会』っぽいかもしれない」と笑う。

 24年3月には夫婦別姓を求める第3次集団訴訟が提起され、世論調査では「別姓でもよい」という人が6割を超えるようになった。ただ、選択的夫婦別姓が実現しても、それを享受できるのは法律婚をした人だけ。婚姻届を出せない・出さない人に対する婚外子差別は残り続ける。

 生まれながらに人を選別し差別する「嫡出」規定を撤廃させたい、そのためには出生届の嫡出欄を廃止させなければならない。これまで署名活動も請願も国会議員への働きかけも、やれることは何でもやってきた。なのに、まだ変わらない。人生を賭けた闘いとして22年6月、違憲・国賠訴訟を起こしたのだった。一審は次回で結審し、夏ごろに判決が出る。

生来の姓で裁判したい

 この裁判だけでも大変なことなのに、同時期に富澤はもう一つの違憲・国賠訴訟も提起した。二つの違憲裁判はともに、亡き母の遺言をめぐり20年から3年間にわたって姉たちと争った相続裁判での経験がもとになっている。

 母の遺言は、自分名義の土地と建物を長姉夫妻に相続させるという内容。しかし、家庭の事情で就学の機会を得られず氏名以外はカタカナしか書けなかった母が、自分から遺言を書いたとはとても思えない。遺言書は姉夫妻に強制されて書かされたのではないかという疑念がぬぐえなかった。長姉夫妻は両親が始めた店で一緒に働いてきた。義兄は妻の姓に改姓したことで「家長」になったという認識で、両親と養子縁組もした。1994年に父が亡くなったとき、富澤は父名義の店舗と家屋、土地を二人が相続することに同意してきた。

 相続裁判では事実婚や婚外子差別だけでなく、姉たちから「結婚して家を出た者は相続権がなくて当たり前」と言われるなど、旧民法の家父長意識や家督相続意識をいやというほど味わった。家制度は戦後廃止されたはずなのに、夫婦同姓の法律婚重視と「嫡出・非嫡出」で子を選別する民法・戸籍法が変わらない限り、人々の意識が変わることはないと痛感した。

 相続裁判で富澤は「生来姓」を使うと裁判所に伝えた。生来姓というのは造語で、生まれたときから使い続け、アイデンティティとして自他ともに認める人格権としての氏名という意味で使っている。17年から裁判官が旧姓で裁判文書を書けるようになったのだから、裁判を受ける側も当然、生来姓でできると富澤は考えた。裁判官は認めてくれたが、相手側の姉たちと代理人は応じなかった。裁判官に、相手側も生来姓を使うよう指示してほしいと求めても、「相手側にそうさせる立法上の根拠がない」という返事だった。

 最高裁まで争った相続裁判で母の遺言は有効とされ、土地と家は長姉夫妻が相続するという決定が出た。判決文での氏名表記は一審と二審が「富澤由子(戸籍上の氏名:藤田由子)」で、生来姓を主に書かれたが、最高裁判決では「藤田由子」と戸籍名になり「旧姓富澤」と添え書きされていた。

 自分が生来姓を使うだけでなく、裁判所も相手方も含めて生来姓で裁判する権利が確立されなければ、特に相続裁判やDV裁判などでは戸籍名の改姓を余儀なくされた女性たちが追い詰められることになる。生来姓での裁判を保障していない現行法制度は憲法32条の裁判を受ける権利などに違反すると訴えて「氏名権・裁判を受ける権利訴訟」を起こした。

 こちらは本人尋問がないまま今年2月に「請求棄却」の一審判決が出た。「憲法32条では婚姻前の氏名を使用して裁判を受ける権利利益まで保障されているとはいえない」という判断だった。判決文の氏名は戸籍名の「藤田由子」で書かれ「旧姓富澤」と添え書きされていた。

 富澤は不服だが、戸籍問題に詳しい吉岡睦子弁護士は、相続裁判の一、二審判決文で生来姓(通称)を主に書かれたことは成果だと評価する。「いまは過渡期であり通称使用の扱いがあいまいで、明確な基準がない。裁判は、その点を指摘して、司法に一石を投じている。戸籍名での裁判や、通称に戸籍名を併記するということが当事者にとってどれほど苦痛かは他の人には分かりづらい。裁判は意味のあることだと思う」と話す。富澤は控訴し、今後東京高裁で二審が始まる。

重病の夫とともに

 はじめから二つの違憲裁判を本人訴訟でやるつもりだったわけではない。相続裁判が始まったころはコロナ禍で旧知の弁護士に相談することが難しく、窮余の一策だった。指南書や他の本人訴訟の事例を読み込み、裁判所の書記官に何度も尋ねながら訴状や準備書面を作った。大変だが、自身の体験や思いを存分に伝えられるのは本人訴訟ならではだ。裁判漬けの日々はすでに4年近く。家の中は資料を入れたダンボール箱であふれている。視力が落ち、難聴にも悩まされるようになった。

 いつもさりげなく支えてくれた藤田はいま、がんと闘っている。30分座っているのもつらい状態にもかかわらず、裁判所に提出するA4判で9枚の陳述書を書いてくれた。容態が急変することもあり、富澤は「次の裁判期日は行けるだろうか」と薄氷を踏む思いで過ごしてきた。それでも止めないのは、自分と同じ苦しみを若い母子に味わわせたくない、おかしいことは訴え続けなければ変わらないと思うからだ。
 富澤の闘いは続いていく。(敬称略)

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