79回目の「原爆の日」、広島平和記念公園から市民を締め出し?
難波健治・ジャーナリスト|2024年8月16日1:49PM
今年の8月6日「原爆の日」の広島市で市民の表現の自由が侵害されようとしている。平和記念式典が営まれる前後の4時間(午前5時~9時)、原爆ドーム周辺を含む平和記念公園の全域で市民の入園が規制される予定だ。79年前に原爆が投下された時刻の8時15分、市民は平和のアピールが公園からはできなくなる。
この規制に何ら法的根拠がないことは市当局が繰り返し明言している。ではなぜそんな規制を打ち出したのか。ここ1~2年の間、広島でどんなことが起きているかを踏まえれば、事態の「本質」が理解できるだろう。同市では昨年5月に主要国首脳会議(G7)が開かれ、初日の同19日には核抑止力を肯定する「広島ビジョン」が発表され、内外から大きな批判が巻き起こった。このサミット開催に前後して、広島では平和に逆行する出来事が相次いでいるのだ。
まず、市が作成する平和教育の教材から漫画家・中沢啓治さんの『はだしのゲン』が削除された。第五福竜丸事件の記述も消えた。入れ替わりに「原爆を投下した米国を恨むのではなく、許すことが世界の平和につながる」との被爆者(故人)の語りが、米国在住の当人の娘さんを通じ掲載された。
それだけではない。サミット後の昨年6月には、松井一實・広島市長が東京にある在日米大使館に出向き、広島市の平和記念公園と米ハワイ州のパールハーバー(真珠湾)国立記念公園との間の「姉妹公園協定」を結んだ。市議会に諮ることも、市民に説明することもない、突然の協定締結だった。
市民による情報公開請求により協定締結はサミット開催の直前に米国側から持ち込まれていたことがわかった。「サミットの期間中に平和記念資料館の中で日米双方のトップクラスが調印しよう」と提案した窓口の在大阪・神戸米国総領事館は同協定について「オバマ元大統領の広島訪問(2016年5月)の後に始まった話だ」とも語っていた。
米軍有数の基地があるパールハーバーは日米間の戦争が勃発した地であり、その戦争を「広島への原爆投下が終わらせた」と米国は主張してきた。平和記念公園でボランティアガイドを続ける有志は今年1月に現地を訪れ、真珠湾にある「米国立記念公園」の実態を調査。その結果「真珠湾にある国立公園なるものは基地の中の軍事的な記念館にすぎない。核兵器廃絶と世界平和の実現を願う広島平和公園との友好協定締結などありえない」と結論づけた。
入り口での手荷物検査も
そして今年の「8・6」である。広島市は22年から、式典にロシアとベラルーシを招待していない。その一方で、ガザを軍事侵攻して住民虐殺を繰り返すイスラエルには招待状を送り、同国代表が式典に参列する予定だ。
市は式典(午前8時0分~50分)前後の4時間、それまで公園内にいた人たちに外に出るよう求めたうえで、新たに公園内に入ろうとする人には「プラカード・ビラ・のぼり・横断幕等の持ち込み禁止」「ゼッケン・たすき・はちまき等の着用禁止」などを含む規制を行ない、6カ所の公園入り口で手荷物検査をする。これらの規制措置に従わない場合は公園に入らせず「退去を命令することがある」と発表した。
背後には昨年8月6日朝に原爆ドーム周辺で起きた「衝突事件」を理由にした、警察当局との連携があるとみられる。これによって原爆投下時刻の8時15分、被爆地のシンボル・原爆ドームを含む平和記念公園から市民たちによる「NO WAR」「NO NUKES」の叫びを封じようとしているのだ。
私が所属する日本ジャーナリスト会議(JCJ)広島支部はこの問題についての集会を7月21日に市内で開催。当日は110人余りが参加し「規制は市民の表現の機会を奪うもの。言論・表現の自由がない社会の行き着く先がアジア太平洋戦争であり、原爆投下であったことを思い起こそう」とのアピールを採択した。規制の撤回を広島市に求めている。
(『週刊金曜日』2024年8月2日号)