考えるタネがここにある

週刊金曜日オンライン

  • YouTube
  • Twitter
  • Facebook

【タグ】

「慰安婦」メモリアル・デー 被害者に屈服強いる「和解という名の暴力」を考察

山田道子・ライター|2024年9月13日8:32PM

「1990年代に『慰安婦』問題が出てきた時、性暴力であると理解していなかったのではないか。ナショナルな観点だけだった」。古橋綾・岩手大学准教授の問いかけが突き刺さった。

 この言葉が発せられたのは、女たちの戦争と平和資料館(略称wam)が8月14日、東京・新宿で開いたシンポジウム。同日は、韓国の金学順さん(97年死去)が91年に日本軍「慰安婦」として初めて名乗り出た日であることから、メモリアル・デーとなっている。

天皇制との関連の質疑も出た。右から、古橋綾さん、早尾貴紀さん、wamの渡辺美奈さん。(撮影/山田道子)

 シンポジウムのテーマは「和解という名の暴力」。韓国の日本文学研究者の朴裕河著『和解のために―教科書・慰安婦・靖国・独島』(平凡社)が2006年に日本で出版され、一部で「自国のナショナリズムを批判する韓国の良心が表れた」と称賛された。以降「和解」が強調されるようになる。

 これに対し、「和解」という美名の下、被害者に妥協と屈服を強要するのは言説の暴力ではないかと問題提起。植民地支配責任を回避し、国と国の関係悪化の原因を被害者に求めるような「和解」について改めて考える内容だ。

 植民地主義を思想史的に批判し続けてきた早尾貴紀・東京経済大学教授は、「和解論」が広がった背景を分析した。早尾氏によると、1989年の「冷戦の終焉」と「昭和の終焉」で90年代以降、歴史修正主義が広がり、2000年代以降、右傾化が加速。その中で、リベラル、アカデミック、市民運動などあからさまな右派でない人たちの間にも断罪的な論調で「慰安婦」問題を裁くことへのためらいなどが生じてきたという。

 そこに登場したのが朴氏の『和解のために』。大佛次郎論壇賞(朝日新聞社)を受賞した。「それまで日本の戦争責任を追及してきたリベラルな知識人が同著に飛びついた。メディアも『和解』に関するシンポジウムを開くなどして世論形成した。このような『右派の進展』と『リベラルの欺瞞』の『共犯』で和解論が広がった」と早尾氏は指摘。通底するものとして「植民地主義認識の希薄さ」を強調するとともに、「(右派だけではない)中道知識人らによるフェミニズム嫌悪」を挙げた。

 そのフェミニズム視点から和解論を考えたのが、ジェンダー研究の社会学者、古橋綾氏。同氏は10~18年、韓国に留学し、元「慰安婦」の名誉回復運動や現代の反性売買運動などに携わる。当事者の話を聞くことを重ね、「慰安婦」に象徴される「歴史として考えてこられなかった女性」の記録にこだわった。

「責任なき和解は不可能」

「和解」が展開する00年後半、東アジアの固有性に着目する「和解学」が創出される。古橋氏は、その集大成のような大論文集『和解学叢書』(明石書店)全6巻を読み込んだ。編者は、早稲田大学国際和解学研究所所長の浅野豊美教授ほか。日韓の和解をうたうが、「慰安婦」に直接関連した論文はない。ただ、「慰安婦当事者や支援運動には明確な目標の設定が困難であった」との記述があり、これについて古橋氏は「事実を明らかにすること。明確に反駁の余地のない謝罪。そして、賠償と再発防止という明確な目標を掲げている。要求を理解せず、実現の努力が足りなかった日本の問題だ」と反論した。

 また、「少なくとも30代以下の韓国人女性は、無理やり連行されたから問題だというイメージでは語っていない。『慰安婦』支援運動に貢献する韓国人女性は、『慰安婦』問題を解決できないと、現在の自分を取り巻く性暴力の問題を解決できないと考えている」と解説。「慰安婦」問題は女性への暴力問題なのに「『和解学叢書』は国と国の関係に固執。ジェンダーが削除され、女性を媒介にした制度を不可視化している」と指摘した。そして1990年代以降の日本は「男性第一主義が進んだ。韓国を下に見て女性を無視している」とし、「責任なき和解は不可能。日本社会で『慰安婦』問題を議論すべきだ」と呼びかけた。

 冒頭の発言は質疑応答で出たもので、古橋氏は「性暴力が悪いことという文化は今も日本にはないのでは」とも語った。性暴力を訴えた被害者のほうが非難される二次加害は多く、たとえ裁判で認められても罪は軽い。事実関係の解明や謝罪もその場しのぎで、性暴力が重大な人権侵害であるという認識が浸透していない社会であることは事実だ。「慰安婦」問題は今も続いていると痛感する。

(『週刊金曜日』2024年9月6日号)

【タグ】

●この記事をシェアする

  • facebook
  • twitter
  • Hatena
  • google+
  • Line

電子版をアプリで読む

  • Download on the App Store
  • Google Playで手に入れよう

金曜日ちゃんねる

おすすめ書籍

書影

増補版 ひとめでわかる のんではいけない薬大事典

浜 六郎

発売日:2024/05/17

定価:2500円+税

書影

エシカルに暮らすための12条 地球市民として生きる知恵

古沢広祐(ふるさわ・こうゆう)

発売日:2019/07/29

上へ