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〈選挙結果の読み方〉田中優子

田中優子・『週刊金曜日』編集委員|2024年9月13日6:43PM

 とんでもないことになっている。早急に教育内容を見直さねばならない。

 選挙結果の分析、振り返りがなされる中、私が衝撃を受けたのは7月11日のインターネット番組Arc Timesに、ゲストとして登場した古谷経衡さんの分析だった。古谷さんは、2000年ぐらいから起こっている日本の変化が、東京都知事選に影響したと見た。そして、すぐ変革をしても、その効果が現れるまで20~30年かかる、と。50年の視野で考えておられるのだ。

2024年東京都知事選挙のポスター掲示板。(提供/アフロ)

 私なりの理解で紹介する。驚いたのは、多くの人々が本や新聞を、スポーツ新聞を含めて読めなくなっている、という事実だった。漫画も読み続けることができず、アニメシリーズも継続して見ることができない。映画は15分で粗筋を知るか、早回しで見る。本や新聞を読まないことは知っていたが、「読まない」のではなく「読めない」のだとは、考えもしなかった。

 この状況説明は、石丸伸二氏がなぜ都知事選で票を伸ばしたかの分析で述べられたものだ。石丸伸二氏の選挙戦略とは、以下のものだった。

 都民の多くは政策を読んでもわからないので政策には言及しない。長く演説を聞くことができないので15分で切り上げる。その代わりインターネット上のさまざまな手段で膨大に発信する。理解して投票することができないので、体験談で共感者を増やす。自身が具体的な議論ができないので、攻撃的なもの言いをする。それによって、議論していないのに論破したように見え、「勝った」と感じさせることができる。

 質問に答えられない時は、質問者を冷笑しながら逆に質問する。その手法で石丸氏は立候補の動機である自らの承認欲求が満たされた。その方法に共感し、自分もそうやりたい、と思う人は実は20~30代ばかりでなく、40~50代にも多いのだという。

 これは手法の話ではない。手法であるならとにかく都知事になり、実は隠しもっていた政策を実現する、ということも考えられる。しかしやはり政策はなく、やりたいこともなく、どうやら本当にカラッポなのだ、と古谷さんは見た。

 石丸氏が尊敬している人のリストの中に上野千鶴子と櫻井よしこの両氏が入っていることを私は不審に思っていたが、そのあり得ない両立は「読んでいないから」成立したという。納得。京都大学を卒業して大手銀行に就職する人も「本を読めない」「読んでも理解できない」時代になっているのである。確かに入学試験や就職試験は、本が読めなくても通る。

本は生きるために読む

 もし当選してしまったら、どうするつもりだったのだろうか。その答えは「石丸構文」を使って作られたAI(人工知能)「市長に質問メーカー」で分かる。質問者は「記者」として登場する。私は若者支援と介護離職問題を質問してみた。すると、記者が質問するたびにAI市長は逆に記者に質問し返し、記者が答える。つまり石丸構文なら、都知事になっても何も考えず何も答えなくてよい。

 今後も人々が本も新聞も読まず、テレビではお笑いとグルメ番組を見て、インターネットで気に入る言葉のみを拾うとしたら、改憲だろうと戦争だろうと政府の思うままに突き進むことができる。それらをいち早く実現する方法を、石丸氏は示した。政府はむろん大歓迎だろう。

 そこで冒頭に書いた教育内容の見直しだ。小学校で憲法を覚え、戦争の歴史と、歴代の政治政策と、投票の意味を知る。中学校と高校では、実際に存在する日本と世界の社会問題を使って、議論をする。そのために多くの本を読み込み、その意図を理解し、自分の言葉で語り、書く。

 しかし、検定教科書で縛られている教育現場でこの改革は実現できるだろうか。学校ができないのであれば、多くの私塾が必要となる。それでも良い。自由な発想のためには、個々の人が自分で言葉をつかみ表現することが必須なのだ。本はそのために読む。教養なんぞのためではなく、生きるために、読むものなのである。

(『週刊金曜日』2024年8月2日号)

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