「家政婦過労死」勝訴が映し出す不都合な真実
竹信 三恵子・ジャーナリスト、和光大学名誉教授|2024年10月30日5:31PM
「危険労働」の横顔
こうした地裁判決の背景には、介護や家事につきものの「感情労働」と、家庭という「密室労働」での負担の重さの軽視がある。判決文の「一定程度定型的な業務が主体」で、「過重な精神的負荷であったとまでは認めがたい」というくだりからも、それがうかがえる。
だが、ケア・家事労働は、被介護者や家庭の要求に間断なく気を配り続ける「感情労働」として、肉体労働以上の負担がありうることが、この間、注目されてきた。
家事代行業の土屋華奈子さんも、「家庭によって味付けや下着のたたみ方などは千差万別で、これらに臨機応変に対応するスキルがないと務まらない仕事」と話す。家庭内のトイレを使わせないなどの排除的な対応もある。
家庭という職場の危険性については22年、埼玉県内で訪問診療医が患者遺族に殺害された事件で明るみに出た。事件を機に「全国在宅療養支援医協会」が行なった訪問診療医への緊急調査(回収数150件、回収率15%)では、4割が「身の危険を感じるような経験」に遭遇している【図表2】。そうした過酷さは、受け入れ側にとっては直視したくない一つ目の「不都合な真実」だ。
そんな特殊性から、デンマークでは、介護労働者の最初の訪問では管理職が同行して「家庭は介護者にとっては職場」と説明、家具を働きやすい位置に変えるなどして、労災防止措置などから入る。
とはいえ「住み込み家事労働者」というと、「女中奉公」のような過去の遺物と思う人も少なくないだろう。確かに116条は、こうした戦前の働き手についての条項が戦後も残ったことが発端だ。
だが、厚労省の23年「家事使用人の実態把握のためのアンケート調査」では、「泊まり込み」は8・9%、「両方(通勤・泊まり込みが同程度の頻度)」が6・0%で、計15%近くにのぼる。
少子高齢化の進展と介護保険の対象縮小の中、住み込み型のケア・家事労働者のニーズは自然に消えるものではなく、むしろ拡大傾向を見せている。それが、二つ目の不都合な真実だ。
たとえば03年の厚労省事務連絡は、「住み込み」の介護・家事はサービス内容が明確に区分できず介護保険での訪問介護費を算定できないとしていた。だが、自治体での拡大を背景に、わずか2年後の05年事務連絡では、重度で独居などの場合、「訪問介護」と「家政婦」の違いが明確で、ケアプランにも位置づけられていれば算定の対象に緩和された。
海外の流れは保護強化
追い打ちをかけるのが、小泉構造改革以来の「小さな政府」路線の下、介護・保育などへの公的支援の縮小と、「女性活躍政策」による家庭内のケア・家事労働力不足の挟み撃ちだ。
「それなら海外から安い労働力を」という声も聞く。15年、「家事支援人材」という名の海外からの家事労働者が国家戦略特区で解禁されたのもその表れだ。だが、三つ目の不都合な真実は、その海外ではすでに、介護・家事労働者の保護強化が流れになっている、ということだ。
途上国も含めて女性の労働市場への進出が進み、介護・家事労働者の獲得合戦の様相も見られる。11年には各国の家事労働者たちがネットワークを組み「家事労働者条約(ILO189号条約)」を採択させた。
この条約は、労働法の適用外にされてきた家事労働者を他の労働者と等しく扱い、安全で健康的な作業環境や労働時間規制、最低でも連続24時間の週休の権利、労働三権の保障などを規定している。13年には家事労働者のグローバルな労働組合「国際家事労働者組合総連合」も発足した。
そんな中で、労基法改正も条約批准もない日本に人は来るのか。
「116条が撤廃されてもフリーランス化などによる労基法逃れが拡大するだけ」との指摘もある。とすれば、次は介護・家事労働者のための総合的な保護措置をつくるしかない。問われているのは、ケアや家事労働者は少子高齢化時代に必須のコストを伴うインフラ、という「不都合な真実」から目をそらさないことなのだ。
(『週刊金曜日』2024年10月25日号)