アムネスティの質問に医師会、看護協会が回答避ける 死刑への見解は「ない」
佐藤和雄・ジャーナリスト|2024年11月5日2:40PM
刑事訴訟法は第479条で「死刑の言渡を受けた者が心神喪失の状態に在るときは、法務大臣の命令によつて執行を停止する」と定める。政府によれば心神喪失とは「死刑の執行に際して自己の生命が裁判に基づいて絶たれることの認識能力のない状態」をいう。では、日本では心神喪失の判断に深く関係すると思われる医療従事者は、死刑をどう考え、どう関与しているのか――。
それを探るために国際人権団体のアムネスティ・インターナショナル日本が、医療従事者の3団体に8月に質問を送り、その結果が9月8日の記者会見で明かされた。質問は①死刑に対する見解は? ②医療従事者が死刑執行に関与することへの見解は? ③医療従事者は拘置所でどう関与しているのか?――を聞くものだった。
しかし日本医師会は「死刑に対しての見解はない」、日本看護協会は「質問のテーマに関する話はできていない」との理由を挙げ、それぞれ口頭ですべての回答を拒否した。日本精神神経学会は「議論を進めているところで回答は難しい状況だ」との回答を示した。
この調査はアムネスティ・インターナショナル日本と、同団体デンマーク支部に所属する医師グループの共同によって実施された。実はデンマークの医師グループは日本の死刑制度に強い関心を持ち、2021年と22年に同じような質問状を日本医師会に出したが、まったく無反応だった。
8日の記者会見にデンマークからオンラインで参加したビルガー・アーエン=ラーセン医師は、日本の死刑制度に関心を持つ理由として「袴田巖氏が死刑囚として収容されている間に発症した深刻な精神障害との関連で、事件への国際的・国内的関心を再び高めている」と説明した。それだけに日本医師会などの無回答に納得がいかない表情を示した。
誰かが不完全な形で
8日の記者会見で印象的だったのは、袴田巖さんの精神鑑定や診断を担当したほか、横浜刑務所での法務技官の経験を持つ中島直医師の解説である。中島氏によれば、死刑囚が心神喪失の状態になれば「法務大臣の命令で執行を停止する」と刑事訴訟法に定められているのは、国際的にも広く認められた考え方だという。
ただ日本が決定的に違うのは、この「心神喪失の状態」を規定する政令や通知が存在しないことだという。日本弁護士連合会は「死刑確定後に数十年を経ても執行されておらず、重篤な精神疾患を持つことが疑われる事例」がある一方で「心神喪失の状態にあったことが強く疑われるにもかかわらず、死刑執行された事例」があると調査報告書で指摘している。
こうした事例から中島氏は次のように述べた。
「『誰かが(死刑執行の判断を)不完全な形で行なっている』ことが強く示唆される。しかし、その手続きも内容も公表されず、質問しても法務省は答えない」
法務省の姿勢を示す一例が、16年5月に福島みずほ参院議員が出した「死刑確定者の精神状態に関する質問主意書」への回答だ。福島議員は「死刑確定者が刑事訴訟法第479条に定める『心神喪失の状態に在る』と判断する場合の判断基準を明らかにされたい」と求めた。
しかし政府(法務省)からの回答には具体的な判断基準は何も示されず「死刑確定者の精神状態については、法務省の関係部局において、常に注意が払われ、必要に応じて、医師の専門的見地からの診療等を受けさせるなど、慎重な配慮がなされており、法務大臣は、このような専門的な見地からの判断をも踏まえて、心神喪失の状態にあること等の執行停止の事由の有無を判断している」と述べるにとどめている。
福島議員が、死刑適応能力があるかどうかを判断するため「独立した第三者機関が関与する精神鑑定等の仕組み作りが必要」と求めても「死刑確定者の精神状態を把握するための新たな仕組みを構築する必要はないと考えている」と拒否しているのである。
(『週刊金曜日』2024年9月27日号)