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〈勝ち取った無罪判決 大きすぎる代償〉雨宮処凛

雨宮処凛・『週刊金曜日』編集委員|2024年11月12日7:05PM

雨宮処凛・『週刊金曜日』編集委員。

「待ちきれない言葉でありました。無罪勝利が実りました」

 9月29日、無罪判決以来、初めて人前に姿を現した袴田巖さんが発した言葉だ。

 そのしっかりした口調に、私は驚いていた。

 今から58年前に起きた殺人事件で逮捕され、48年を獄中で過ごした袴田さん。

 2014年には「拘置をこれ以上継続することは、耐え難いほど正義に反する状況にあると言わざるを得ない」(静岡地裁の裁判長の言葉)と釈放されるものの、30歳で逮捕された袴田さんはその時点ですでに70代。死刑執行に怯える日々を過ごした袴田さんはいつからか自分の世界を強固に作り、その中で生きるようになっていた。そして先月、やっとやっと、無罪判決が言い渡されたのである。

 出所後の袴田さんに、私は一度だけお会いしている。18年に開催された、袴田さんの無罪を勝ち取るための集会でスピーチを依頼されたのだ。

 姉のひで子さんと控室にいた袴田さんは、2月だというのに暑そうな様子で扇子で自身をあおいでいて、挨拶すると挨拶を返してくれた。その時は意思疎通が難しいという印象は受けなかったものの、その後、登壇した袴田さんのスピーチは自身が全知全能の神というような内容も混じっていて、改めて、冤罪がどれほど人を追い詰めるかを見せつけられた気がした。

 あれから、6年。やっと勝ち取った無罪判決。しかし、心から喜ぶことはできない。奪われたものはあまりにも大きいからだ。

 同時に思うのは、他の冤罪被害者のことだ。「足利事件」で犯人にでっち上げられ、17年も獄中で過ごした菅家利和さん(10年、再審で無罪が確定)。また「布川事件」の強盗殺人犯とされ、29年も刑務所にブチ込まれていた桜井昌司さんは11年、無罪が確定したものの、昨年8月、亡くなっている。

 一方、「狭山事件」で逮捕され、31年間も獄中生活を送った石川一雄さんは現在釈放されているものの、85歳の今も無罪判決が出ず、再審請求中の身だ。

 本誌9月27日号には、やはり冤罪被害者である青木惠子さんと西山美香さんの対談が掲載された。全人類必読と言いたくなる内容だった。

 もう二度と、こんな悲劇が繰り返されないことを祈っている。

(『週刊金曜日』2024年10月11日号)

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