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「偉人」の過去の不正義にどう向き合ったか〈下〉 地域・民衆ジャーナリズム賞 冠を外しただけでは再出発できない 

室田 康子・ジャーナリスト|2024年12月13日5:14PM


平和や人権尊重を求める運動や組織が「偉人」と仰いできた人の過去の不正義を突き付けられたとき、どのような対応をしたのか。差別発言を告発された「むのたけじ地域・民衆ジャーナリズム賞」は、むのという冠を外して新たな出発をめざしたが、いまだ目途はたっていない。経緯を検証するとともに、その過程で置き去りにされた被害者の訴えを伝えたい。

■むのたけじの発言
※差別的表現や事実誤認もそのまま引用

 事実を事実のものとして、ナマの姿で伝えるにはどうするのか。そのことで権力との関係を作らなきゃならぬと同時に大衆とも作っていかなきゃいかぬじゃないか。一週間前に八王子に行った時、朝日新聞をやめたといきまいている女の人がいました。なんだと思ったら、八王子の近在のなかで、重い障害の、下半身がほとんど動かない女の人が、子供を産んだわけです。相手の男性も障害者です。それを何か美しいことのような、そして、女の人を持ち上げて、病院が彼女のいい分を聞かないということを書いているわけですが、『こんなもの読むものか‼』と怒ったのは、その病院の看護婦長でしてネ。いかにこの患者が、身の程知らずのわがままをいうのか。こんな体で妊娠したときにどんなことが起こるか、ということを医者にも相談しない。親、きょうだいにもしゃべってない。要するに、性生活をすれば生まれるんだ。生まれたとたんにオレは重度身障者だ。一軒の家をよこせ、車買え、とかネ。あてもないことを言う。心身に痛手を持つ人達を十分いたわらなきゃならぬ。そりゃあ原則はわかる。けれど、原則論で『私は大変な痛手を受けた人間です』ということを武器にしてわがままを言うことに目をつぶって、一種の美談めいたものにすり替える朝日はウソつきだ。平気でウソをつける。こういう言い方で、どんなウソをほかでついてるかわからない。あと読まぬと言うて、社会教育の集会に出てきて、新聞の問題出た時にしゃべっておったんですが……。

(松井やより「むのたけじ氏に言論の責任を問う―障害者差別発言をめぐって―」から抜粋)


 むのたけじは、戦争中に国民に真実を伝えなかった責任を感じて敗戦を機に朝日新聞社を退社、郷里の秋田県で週刊新聞『たいまつ』を30年にわたり発行した。2016年に101歳で死去するまで、反戦・平和を訴えて全国でおこなった講演は3000回を超える。18年、その精神を受け継ぎたいと「むのたけじ地域・民衆ジャーナリズム賞」が創設された。むのが晩年を過ごしたさいたま市で「埼玉・市民ジャーナリズム講座」を運営する武内暁さんが、むのの息子の武野大策さんに持ちかけて実現した。

集会「むのたけじ氏のしょうがいしゃ女性への差別発言を問う!」には、約70人が参加した。(8月24日、東京・武蔵野市で。撮影/室田康子)

見過ごせない問題

 当初は落合恵子、鎌田慧、轡田隆史、佐高信、鈴木邦男、永田浩三の各氏と武野大策さんの7人を共同代表としてスタート。轡田さんと鈴木さんが亡くなった後は5人が共同代表を務めてきた。賞は「『たいまつ新聞』を念頭に置いて、地域に根ざし、住民の生活向上を計ることを目的に、発信・活動してきた個人や団体」を対象とし、毎年作品を募集。武内さんを事務局長とする実行委員会スタッフらが一次選考した後、共同代表が大賞と優秀賞を選んできた。

 第5回の優秀賞を受けた「なくそう戸籍と婚外子差別・交流会」の田中須美子さんから23年6月に届いた手紙が、共同代表と実行委員会を44年前の差別発言に向き合わせることになった。田中さんは受賞後に知人から「むのさんは以前、障害者女性への差別発言があった」と知らされて驚き、いくつもの資料にあたって確認。一体どうしたらよいのかと悩み迷った末に、見過ごせない重い問題だと心を決めて共同代表に見解を問う手紙を出したのだった。

 差別発言があったのは1979年9月、北海道新聞労働組合が主催した講演会で、当時64歳だったむのは、『朝日新聞』の記事に憤慨したという病院の看護婦長(発言のまま)の話を引用しながら話した。「重い障害の、下半身がほとんど動かない女の人が、子供を産んだわけです。それを何か美しいことのような、女の人を持ち上げて、病院が彼女のいい分を聞かないということを書いている」「こんな体で妊娠したときにどんなことが起こるか、ということを医者にも相談しない」「(障害を)武器にしてわがままを言うことに目をつぶって、一種の美談めいたものにすり替える朝日はウソつきだ(と言っていた)」などと話したという(「むのたけじの発言」参照)。

 この講演を聞いた『北海道新聞』の女性記者が、札幌を訪れていた井上スズさん(故人。当時、東京・国立市議)に「許しがたい差別発言」と伝えたことから、女性たちの抗議が広がっていく。

 記事は、国立市に住む重度障害者三井絹子さん(当時34歳)が出産し、ボランティアや地域の人びとに助けられて子育てをしていることを報じたもので、当時朝日新聞立川支局長だった松井やよりさん(故人)が書いたとわかった。記事では、三井さんについて「都立府中療育センターにはいっていた時、人間扱いしない施設の実態を訴えてきた人」「医者は中絶をすすめたが、『どうしても産みたい』とがんばり……」と記述していたが、どこが問題だったのか――松井さんと井上さんは、むのに繰り返し詳細や真意を質す。

三井絹子さんの出産・子育てを伝える記事。(1979年5月25日付『朝日新聞』東京版)

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