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「偉人」の過去の不正義にどう向き合ったか〈下〉 被害者の三井絹子さんはどう考えるか 「人権を語ってきた人が私を傷つけた」 

2024年12月13日5:28PM

中絶をすすめられても

 俊明と結婚し、75年に施設を出て地域での暮らしを始めました。さまざまな差別や排除がありましたが、最もつらかったのは妊娠、出産したときです。

 医者から「妊娠です」と言われたときは、うれしくて泣きました。しかしその直後、医師は中絶をすすめてきたのです。「これ以上望むことは、夫に甘え、母親に甘え、社会に甘えることになる。それは許されない」「今なら胎児は3カ月に満たないから(中絶できる)」「どんな子が生まれるかもわからない」と言われました。ここで優生保護法の言葉を聞くとは思いませんでした。

出産直後。「産んでよかった」。(提供/三井絹子)

 私の体を心配する母や姉たちからも中絶をすすめられ、一時は絶縁状態になりました。誰にも相談できず、つわりもきつかったけど、妊娠5カ月を過ぎたころ、母が突然、腹帯や赤飯を持ってきてくれました。認めてくれた証しでした。姉たちも一緒に祝ってくれました。お腹がピクンと動いて胎動を感じたときのうれしさは言葉にできません。

 子どもが生まれたら、それまでのヘルパーとボランティアの体制では不十分なので、「手伝ってください」というビラを駅頭で撒きました。でも、かかってきたのは「自分で何もできないのに産むのはおかしい」「かたわ(ママ)の子が生まれる」という電話でした。

 体重約30キロの私にとって、妊娠・出産は命を懸けた挑戦でした。帝王切開で無事、女の子が生まれました。ところが退院間際に夫が過労から病気になり、1カ月半も入院することになってしまったのです。つきっきりで私の世話をしてくれていた夫がいなければ、どうしたらいいのか。病院のケースワーカーは、子どもは乳児施設へ、私は緊急一時保護施設へ入るようすすめました。でも、私はどうしても子どもを手放したくなかった。一度手放したら、もう戻ってこないと思った。自分が施設に行くのも嫌でした。知り合いに頼んだり新聞記事で募集したりして介護してくれる人を探し、24時間のローテーション1カ月間分をつくって自宅へ帰りました。近所の主婦や大学生など、1カ月半の間にかかわってくれた人は延べ100人を超えました。

 娘の世話は、すべて私が介護の人に指示してやりました。歩き始めた娘が転んでも、介護者には抱き上げないでと言って、泣きながらでも自分で立って付いてくるようにしました。私は子どもに対して「何もできなくて、ごめんね」と言ったことはありません。しょうがいしゃになったのは、私のせいじゃない。しょうがいしゃの親を恥ずかしがったり、じゃまにしたりしてほしくない。差別しない子に、差別を許さない子に。それを娘にとことん浸透させてきました。

娘の美樹さんを膝に乗せ、夫の俊明さんとともに。(ともに提供/三井絹子さん)

差別発言は消えない

 むの氏が何も調べず婦長の言ったことをそのまま引用したのはジャーナリストとしてあるまじき行為です。引用するときは徹底的に調べて、どこからも文句を言われないようにするべきでしょう。講演会の場で話したということは、むの氏はしょうがいしゃに対して差別意識を持っていたことが明らかです。生前のむの氏は私を知らない。人権を語ってきた人だと聞きましたが、そういう人が私を傷つけました。出産は私にとって命懸けだった。子育ても誰よりも必死でやってきた。それを知ろうともせず、自分が正義だと言わんばかりの発言です。私は許しません。何年たとうが、差別発言は消えないのです。

 実行委員会はこの問題に向き合えていないし、まだむの氏を崇めようとしている。むの氏が生前やってきたことや、人権感覚が素晴らしいジャーナリストであったことは過去であり、私の出産を大衆の前で批判的に話したことで、それまで彼がやってきたことを自分自身で台無しにしてしまったのです。過ちは誰にでもありますが、問題を指摘されても向き合わず、謝罪もせず、意見を変えなかったことが実態です。

 私は、実行委員会の方が差別発言を知らなかったとしても、今回指摘されて、しっかりと責任をとるべきだと考えます。実行委員会のみなさんはむの氏を尊敬していて、同じ感覚を持っている。むしろこの問題を蒸し返した人が悪いかのように考えている。しかし、むの氏を大切だと思うなら、むの氏の発言を自分ごととして受け止め、学んで責任を取るべきです。私はこういう社会と闘ってきました。常に闘う覚悟はできています。

8月24日の集会での講演をもとに構成=まとめ/室田康子

(『週刊金曜日』2024年11月29日号)

※編注:本記事とあわせて『週刊金曜日』公式サイトのお知らせ「『偉人』の過去の不正義にどう向き合ったか(下)掲載にあたって」をご覧ください。

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