齋藤元彦氏が圧勝した兵庫県知事選挙 猛威ふるった“SNS選挙”とは
粟野仁雄・ジャーナリスト|2024年12月26日5:38PM
11月17日午後8時、投票締切と同時に在阪の各民放局が「当確」を打った。神戸市の元町商店街にある選挙事務所前は大歓声。「サイトー」「サイトー」の渦となる。事務所は「NHKの当確を待つ」としていたが待ち切れず、前知事の齋藤元彦氏(47歳)が9時40分頃に支持者と握手しながら登場。
「もっと改革をして県政を前に進めてほしいという期待をいただいた」と感謝し、花束を受け取った。
元県民局長の「抗議の自殺」(今年7月)に端を発した文書問題は、齋藤氏による元局長の懲戒処分や、さまざまな「パワハラ」が問題とされ県議会は百条委員会を設置。しかし結論を待たずに全議員一致の不信任決議案を可決したため、齋藤氏は9月30日付で自動失職し「出直し選挙」となった。
知事選には7人が立候補したが事実上、齋藤氏と稲村和美・前尼崎市長(52歳)の一騎打ちだった。当初、立憲民主党などが推す稲村氏が優勢とみられたが、終盤に齋藤氏が猛追。結局、111万票以上を得て齋藤氏が勝利した。
約14万票差で敗れた稲村氏が「誰と戦っているのかわからなかった」と打ち明けた通り前代未聞の「異様な選挙」。その原因は同選挙に無所属で立候補していた立花孝志氏(57歳・NHKから国民を守る党党首)だった。
「変則ですが私には投票しないでください」と「齋藤応援団」を務め「パワハラ報道はすべて嘘。元県民局長の自殺は齋藤さんにまったく非がない。真っ白です」など、齋藤氏の演説の場に自らの選挙カーで乗りつけては、その前後に齋藤支援演説を繰り返した。選挙掲示板の立花氏の枠には、A氏自殺の原因は自身の「不倫」や「不同意性交」がばれそうになったためといった趣旨が書かれ、政権放送でもこれらを堂々と語っていた。
A氏の遺族から名誉毀損で訴えられかねない行動だが、立花氏がSNSでこれらを拡散すると、日を追うごとに「齋藤さんは悪くなかったんだ」と信じた若者などが齋藤氏の演説会に押しかけ、終盤は初期の橋下徹氏(元大阪府知事など)の街頭演説を思わせる光景が続いた。神戸市内の御影駅で筆者が見た演説会では「パワハラで二人の自殺者」とのプラカードを掲げた男性もいたが、齋藤氏自身は文書問題にはほとんど触れず、「授業料無償化」などと当たり障りのない演説を繰り返した。
県庁では報復人事の嵐か
ある自民党県議は「調査結果が出る前に不信任案を出したのは間違いだった」と話し、前回の選挙で齋藤氏を推した維新も不信任案に賛成しており、動揺している。
取材してきたサンテレビジョン(神戸市)の幹部は「齋藤氏が返り咲いたので県庁内はパニックになる。特に、人事派と言われる齋藤氏の政策に批判的だった財政派の幹部は報復人事を恐れ、退職者も続出するのでは」とみる。
5期の長期政権だった井戸敏三元知事の流れを汲む旧井戸派は県庁庁舎全面建て替えを打ち出していたが、齋藤氏は異を唱えていた。
齋藤氏は「応援してくれる方がSNSを通じて広がっていった。SNSのプラス面を感じた」と語ったが、効果的だったのは本人より立花氏のSNSだった。常軌を逸した応援に普通なら「やめてほしい」となろうが、齋藤氏自身が言えないことを言ってくれる「汚れ役」は大いに利用価値があった。
選挙戦の最中、県内29市中22市の市長が「稲村支持」を打ち出していた。稲村氏の演説会場にいた西宮市の塾経営者の男性は「齋藤氏は人が亡くなったことについて受け止め方が軽すぎる。かりにパワハラが原因ではないとしても心から悼んでいれば立候補などしないのでは」「有権者には文書問題の真相を知りたい気持ちが強い。とはいえ、10代の若者らがSNSを信じ込むのが非常に怖い。『石丸現象』から選挙の概念が従来とまったく違うものになってしまった」と話していた。稲村氏は淡路島や県北部などの郡部をこまめに回っていたが、終盤に大票田の阪神間に戻るのが遅すぎ、旧来の「どぶ板選挙」が「SNS選挙」についていけなかった。
(『週刊金曜日』2024年11月22日号)