大阪市営住宅「原発避難者追い出し訴訟」は控訴審へ 問われる行政の問題姿勢
吉田千亜・フリーライター|2025年2月6日7:37PM
「判決の翌朝起きた時、自尊心が取り戻されたように感じました。ずいぶん削られていたんだなと思いました」
新鍋さゆりさんは判決後にそう語った。
原発事故により関東から避難してきた新鍋さんに対し、入居中の市営住宅からの退去などを大阪市が求めて起こした訴訟(本誌11月15日号既報)の判決で、大阪地裁(山本拓裁判長)は11月22日、新鍋さんに住宅の明け渡しを求める一方、市の過剰な指導と生活保護上の注意義務違反は違法だと認め、市に5万5000円の賠償を命じた。また、市側が求めた損害金も、近傍同種の住宅家賃の2倍相当額を基に約1800万円を請求してきたのを退け、約840万円に減額した。
大阪市は原発避難者への住宅無償提供打ち切り(2017年3月)に際し、新鍋さんに退去のほか、受給していた生活保護の打ち切りも通告。しかし避難中に末期がんを患い余命宣告も受け、重度障害者となった新鍋さんは引っ越しができる状況にはなかった。今回の判決では強制退去させることができる仮執行宣言が付与されるかも注目されたが、地裁は「(仮執行は)相当ではない」と判断。強制退去は認めなかった。これを受け同日発した声明で弁護団は、仮執行宣言が付かず損害金が1倍相当になったこと、市による転居指導指示が違法とされたことや、わずかではあるが新鍋さんから市への慰謝料請求が認められたことは「非常に意義がある」と評価。だが明け渡し請求を認めたことは不当だと批判。「憲法、国際人権、公営住宅法の趣旨を居住福祉の観点から、あるべき避難者住宅保護を訴える」と控訴の方針を表明。12月2日、大阪高裁に控訴した。
新鍋さんは判決前「大阪市にさんざんいじめられ、あまりに惨めで悲しくて死のうと思ったこともある」と語っていた。いじめとはたとえば「ホゴ(生活保護受給者)が一人前の口きいたらあかん」「ホゴは道の端通って帰り」「ホゴは黙って」などと言われたことだ。「区役所に行くと私の名前は“ホゴ”でした」と言う。「あなたは国家の財産を侵害している」「言うことをきかない人にはそれなりの罰を受けてもらわないと」などと言われたこともあったそうだ。
市の職員教育にも問題?
大阪府内の他市でケースワーカーを務めていた猿橋均さん(現・大阪自治体問題研究所事務局長)は「生活保護のケースワーカーへの信頼は憲法や生活保護法を遵守する点に尽きるのだと先輩から叩き込まれた。大阪市のケースワーカーの言動もさることながら、市の教育にも問題があるのでは」と話す。
この裁判で公営住宅法の観点から意見書を書いた関西大学法学部教授の水野吉章さんも判決を受け「そもそも近傍同種の民間住宅の家賃相場の2倍を請求すること自体がおかしかった」と批判。この2倍という数字は市側の主張では「実施要綱の規定」とされるが、もとをたどれば公営住宅法32条の規定に基づくと水野さんは言う。入居してはならない人が不正に入居した場合など、かなり悪質性の高いケースを想定した規定だが、原発避難者として入居し、退去が不可能となった新鍋さんに悪質性などはない。
新鍋さんの代理人を務める中島宏治弁護士は「判決は憲法に違反していることや、国連による国内避難民の人権に関する報告書については軽く触れる程度だった。他の同種の裁判と同様に明け渡し自体を認めていて、原発事故の特殊性や国際人権法の深い考察は見られない」と指摘。同じく代理人の普門大輔弁護士も「原発事故の住宅問題と生活保護問題を分類して判断している。裁判所は問題の本質に踏み込めていない」と語った。
「追い出されるのではないか」と眠れないほど悩んでいた新鍋さんの不安も消えていない。「判決文はわずか20ページ。裁判所が市の主張を鵜呑みにして、事実として認定してしまっている」と新鍋さんは後日、話していた。控訴審では憲法や国際人権法の観点から真っ当な判断がされるか注視したい。
(『週刊金曜日』2024年12月20日号)