ドイツ連邦議会がイスラエル批判許さぬ決議 揺らぐ平和・文化活動
駒林歩美・ライター|2025年3月19日2:50PM
パレスチナ問題でイスラエル政府を強く支持し、武器を輸出してきたドイツ。昨年11月7日には、イスラエル国家の存在権を疑問視したり、ボイコット運動を呼び掛けたりする団体やプロジェクトへの資金援助をやめると宣言する連邦議会決議が出された。決議の背景や影響について、ドイツ在住のライター、駒林歩美さんが現地リポートする。
イスラエルの左派人権団体「ゾフロット」と「ニュー・プロファイル」に対するドイツ政府からの資金提供が昨年末で打ち切られたと、1月初め、国際放送「ドイチェ・ヴェレ」(以下、DW)が報じた。両団体はパレスチナ人の権利や地域の平和のための事業をイスラエルで展開。いずれの団体もドイツ国内の平和団体を介して政府から資金援助を受けていた。だが、突然の資金の打ち切りで事業継続が危ぶまれているという。前年まで継続的に出ていた資金が途中で停止されるのは異例だ。
ゾフロットは、1948年のイスラエル建国に伴ってパレスチナ人が住まいや土地を奪われた「ナクバ(大惨事)」について啓発活動を行ない、パレスチナ人が帰還する権利を支持している。ニュー・プロファイルは、イスラエルでほとんどのユダヤ人に求められる兵役を良心的に拒否する若者を支援している。
ホロコーストの過去を持つドイツはイスラエルの安全を「国是」としている。イスラエルに対するハマスの大規模攻撃があった2023年10月以降も、積極的にイスラエル政府を支援してきた。ゾフロットはこの資金打ち切りについて、公式サイトの声明で「ドイツ政府のイスラエル国家に対する無条件支持の流れ」と分析。ドイツ政府高官との会合では、団体側の代表者が繰り返し「イスラエルの存在を認めるか」と尋ねられた末、「パレスチナ人の帰還支持は許されない」と言われたという。

ドイツ連邦議会議事堂。(撮影/駒林歩美)
安全保障上の運命共同体
昨年11月初め、ドイツの連邦議会は「今こそ二度と繰り返さない:ドイツにおけるユダヤ人の生活の保護、保全、強化」(以下、反ユダヤ主義に対抗する決議)と題する政治声明を採択した。この決議はイスラエルの安全をドイツの外交・安全保障政策の原則にするとともに、連邦政府に対し、「イスラエル国家の存在と正当な安全保障上の利益のために積極的に擁護し続ける」ことを求めるものだ。
この決議案には国内でも反対の声が上がり、国際法学者やユダヤ教の専門家らが作った代案の導入を求める署名は5000筆ほど集まった。イスラエルの代表的な15の人権団体も「イスラエル政府を批判するユダヤ人やイスラエル人を危険に晒すことになる」として反対の共同声明を出したが、決議は可決されてしまった。
特に深刻なのは、この決議が「反ユダヤ主義者」とされた相手に公的資金を提供しないよう政府に求めている点だ。決議文はその対象として「イスラエルが存在する権利を疑う者」のほか、「BDS運動(ボイコット、投資撤退、制裁を求めるキャンペーン)の支援者」「反ユダヤ主義を広める組織・プロジェクト」などを挙げている。
DWの調査によると、23年10月以来、イスラエル政府の政策に批判的なパレスチナの6団体への資金交付が停止された。今回の2団体が資金を打ち切られた理由は明らかにされていない。だが、いずれの団体も現イスラエル政府を批判していたことから、昨年11月の「反ユダヤ主義に対抗する決議」が関係していると考えられる。ゾフロットのディレクター、ラヘル・ベタリーはDWのインタビューで「ドイツ政府は(イスラエル政府によるイスラエルの市民社会に対する)弾圧に加担している」と批判している。
反ユダヤ主義に対抗する決議は各党の代表議員が非公開の会合を重ねて案を練った。「23年10月7日以降、『ユダヤ人ヘイトとイスラエル関連の反ユダヤ主義』が過去にないレベルで急増した」というのが、議案づくりを進めた彼らの認識だ。このことは決議文にも書かれている。
国際人権NGO「アムネスティ・インターナショナル」は、この決議によっても「反ユダヤ主義」に対抗することはできず、かえって言論、文化、学問、集会の自由が侵害される恐れがあると声明で訴えた。ここで懸念されているのは「反ユダヤ主義」という言葉の曖昧さだ。
ドイツ政府が採用している国際ホロコースト記憶連盟(IHRA)の定義によれば、イスラエルへの政治的批判も「反ユダヤ主義」に含まれる。IHRAは「反ユダヤ主義」の具体例として「『イスラエル国家の存在自体が(パレスチナ人の排除を前提としている点で)人種差別的な行為だ』と主張すること」を挙げている。
ヨルダン川西岸のパレスチナ人にはユダヤ人と同じ権利は与えられていないが、IHRAの定義に従うと、この不平等な現実に対する批判も「反ユダヤ主義」とされかねない。大きな問題をはらむIHRAの定義について、今回の決議は改めて「権威あるもの」と称揚し、連邦政府だけでなく各州や地方自治体にも「反ユダヤ主義」を「適切に規制」するよう求めている。
「ベルリン映画祭」に物議
「反ユダヤ主義に対抗する決議」は、ドイツが誇る文化プロジェクトにも深刻な影響を及ぼしている。決議は昨年2月の「ベルリン国際映画祭」を「重大な反ユダヤ主義スキャンダル」の例として挙げる。
その表彰式で受賞者たちが相次いでパレスチナへの連帯とガザでの停戦を訴えたからだ。最優秀ドキュメンタリー賞に輝いた『ノー・アザー・ランド』は特に大きな波紋を呼んだ。同作はイスラエル、パレスチナ出身の計4人が共同で監督。ヨルダン川西岸地域のパレスチナ人の村がイスラエル人の入植者によって破壊され、土地が奪われていく現状を映し出している。
イスラエル人のユヴァル・アブラハム監督は、受賞スピーチでパレスチナ人が置かれた状況を「アパルトヘイト」と表現し、ガザでの停戦を呼びかけた。これに対し、クラウディア・ロート連邦文化・メディア担当大臣は「(スピーチの内容は)一方的で、イスラエルに対する深い憎悪に特徴づけられる」と非難した。
これまでドイツでは政府から多様な芸術プロジェクトや施設に潤沢な資金が供与され、豊かな文化活動が行なわれてきた。ほとんどの美術館や劇場などの文化施設は何らかの公的資金を受けており、政府の影響下にある。
23年10月以降は事態が変わった。パレスチナに連帯を示し、イスラエルに批判的なアーティストがその活動の場を奪われるようになった。南西部のザールラント州美術館で24年に予定されていた南アフリカ出身のユダヤ人アーティスト、キャンディス・ブライツによる作品公開は突如中止された。その理由について、同館の運営者は彼女がソーシャルメディア上で、パレスチナ人への連帯を示したことを挙げた。
「反ユダヤ主義に対抗する決議」は裁判所の判断にも影響を与えている。昨年10月、イスラエルに対するドイツの武器輸出をめぐり、パレスチナ・ガザ地区出身の男性がフランクフルト行政裁判所に輸出許可の取り消しを求める緊急申し立てをしたが、同年12月に却下された。申し立てはドイツ基本法(憲法)2条2項で定められた「生命に対する権利」を根拠に、戦車部品の輸出承認の取り消しを求めていた。
裁判所がこの申し立てを退けた直接の理由は「憲法や外国貿易法は外国にいる外国人の保護を求めていない」というものだった。だが注目すべきは、裁判所が決議にも言及している点だ。その説明によると、武器輸出許可は決議にある「イスラエルを積極的に守る」というドイツ政府の政治的義務に沿っているという。このことから裁判所がこの決議を政府の指針として認めていることがわかる。
23年のイスラエルへの武器輸出額は前年比の10倍にあたる3億2650万ユーロ(約520億円)に上った。翌24年には抑制されたものの、レバノンでの戦闘が激化した同年8月以降は再び急増。独誌『シュピーゲル』によると、年末までに1億6000万ユーロ(約260億円)以上の輸出が許可されたという。