ドイツ連邦議会がイスラエル批判許さぬ決議 揺らぐ平和・文化活動
駒林歩美・ライター|2025年3月19日2:50PM
正当性が疑われる「決議」
「反ユダヤ主義に対抗する決議」は法律ではなく、単なる政治的声明にすぎない。しかし、「だからこそより複雑になっている」と、ベルリンに住む弁護士のヤスミン・ハムディ氏は言う。この決議に法的拘束力はないものの、現実には役所が裁量に基づいて行政上の判断をする際に参照することになる。一方、法律ではないためにその合憲性を裁判で争うことはできない。決議によって個別の権利を政府に侵害されたときだけ法廷で争える。

この曖昧な「決議」という形態は、19年にもドイツで採用された。同年、イスラエルのボイコットを訴えるBDS運動の支持者を「反ユダヤ主義者」とし、公的資金や会場の提供をしないよう自治体や公的機関に求める決議(以下、BDS決議)が連邦議会で可決されたのだ。今回の「反ユダヤ主義に対抗する決議」はBDS決議の有効性を確認し、対応を強化することを政府に求めている。
このBDS決議をめぐっては言論の自由を認めていないことなどから「違憲」であると、連邦議会の情報部門「科学サービス」が判断している。ところが決議は法律ではないため、その合憲性を裁判で争うことができていない。一方、BDS決議を根拠に資金援助や会場提供などを自治体から拒否された人たちが、権利侵害に対して過去40件以上の行政裁判を起こしてきた。
ハムディ氏によると、それらの裁判でその判断の正当性を証明できた自治体は一つもないという。その合憲性が疑われているにもかかわらず、ドイツ議会・政府はBDS決議をさらに強化しようとしている。
「反ユダヤ主義に対抗する決議」でもう一つ大きな問題は、反ユダヤ主義が高まっている理由を「北アフリカや中東からの移民」に求めている点だ。決議には「反ユダヤ主義者」を効果的に取り締まるため、刑法のほか、居住や亡命、国籍に関する法律の穴を埋めていくと書かれており、反ユダヤ主義の責任を移民に押しつけている。
24年6月に施行された改正国籍法は、国籍取得の条件に「特にユダヤ人の生活保護、民族の平和的共存、侵略戦争の禁止に対するドイツの特別な歴史的責任を認める」ことを加えた。
22年にドイツ国籍を申請したパレスチナ系の男性は、バイエルン州の担当者との面接で「イスラエルはない。ユダヤ人はいるが、それは国ではない」と答えたために、申請を却下された。それに対する不服申し立ての裁判で、同州の行政裁判所は、国籍法改正前でもイスラエルが存在する権利を否定する者はドイツ人になれないと明言し、訴えを棄却した。
一方、反ユダヤ主義研究情報センター連邦協会(RIAS)が昨年12月に発表した調査によると、近年ドイツで起きた「反ユダヤ主義」に関連する事件の多くは、右翼過激派に起因している。19年から23年の間に記録された1万3654件の「反ユダヤ主義事件」のうち、原因がわかっているもののなかで17%と最も多いのが右翼の過激派によるものだった。それにもかかわらず、決議では極右に対抗するための方法は具体的に示されていない。
パレスチナ人はその出自だけで「反ユダヤ主義者」であると当局にみなされるためか、国籍を取得しにくくなっているようだ。ガザ地区出身でドイツの首都ベルリンに住むナディア(仮名)は、決議が可決される前の23年4月に帰化申請をしたが、1年経っても当局から回答を得られなかった。
「私がパレスチナ人だから国籍を与えないと役所に拒否されたわけではない。でも、弁護士が、なぜ私のような条件のいい外国人が国籍を得られないのかと驚いたほどで、理由はそれ以外に考えられない」
ドイツでは5年以上の居住、犯罪歴なし、生活に十分な収入や言語などの要件を満たせば、外国人は国籍を得られる。ナディアはヨーロッパの大学での修士号、高いドイツ語レベルの資格を持ち、安定した仕事をして犯罪歴もない。手続きが進まないことから弁護士に相談し、24年7月、当局を相手取って訴訟を起こした。その結果、裁判所が役所に手続きを命じ、彼女は10月にやっと国籍を得られたそうだ。
「しかし、今回の反ユダヤ主義に対抗する決議によって、パレスチナの権利を求める私はドイツ国籍を失う可能性が出てきた。イスラエルを批判する人から国籍を剥奪できる法律もそのうち導入されるのではないだろうか」
「国籍剥奪」までも検討
独誌『フォークス』が昨年10月に実施した調査によると、連邦16州のうち6州が、「反ユダヤ主義」を理由に、二重国籍者からのドイツ国籍剥奪を検討すると回答した。しかし、国籍の剥奪は憲法16条で禁止されている。この条項は過去にナチスがユダヤ人から国籍を奪ったことに対する反省から作られたとされるが、そのタブーにまで踏み込もうとしているわけだ。
ナディアは「私たちパレスチナ人は、政治的な発言をしないように脅され続けているかのようだ」と不安を口にする。それでも「ガザで積極的に社会活動に携わってきた私には黙ることなどできない」と言い、現在は他国に移り住むことを検討している。
世界的なNGO「シヴィカス」による世界の市民的自由に関する23年の調査で、ドイツは「オープン」から「制限あり」に格下げされた。パレスチナ連帯活動が抑圧され続けているため、24年の調査でも評価は下がったままだ。
ナディアは言う。
「私がドイツで納めた税金がイスラエル軍の兵器に使われ、私の故郷を破壊した。だから、ドイツ国籍を持つのにも、複雑な感情がある。でも、ドイツ人になった今、政府を相手取り、私の家を破壊し、親族を殺すのを助けたことに対して訴訟を起こそうと考えている。私に国に帰れと言ってくる人がいるかもしれないが、私の故郷は彼らに破壊され、二度と見ることはできないのだ」
(『週刊金曜日』2025年2月7日号)