被害者補償を加害企業・小林製薬が判断する「紅麹サプリ」事件 早急に必要な被害者のつながり
明石昇二郎・ルポライター|2025年3月19日3:22PM
小林製薬の紅麹サプリの事件では、健康被害者たちが分断されている。その救済のために参考になるのは「カネミ油症」事件だ。
小林製薬(本社・大阪市)が引き起こした紅麹サプリメントによる健康被害事件(食中毒事件)。厚生労働省は9月18日、紅麹サプリに混入していた青カビ由来の物質「プベルル酸」が腎障害の原因であることがほぼ確定した、とする調査結果を公表した。

この発表からさかのぼること2カ月前の7月12日、この紅麹サプリを服用したことで腎障害を発症し、小林製薬側も同事件の被害者だと認めている大阪府在住の40代男性が、製造物責任法(PL法)に基づき、同製薬に対し「腎障害の原因はサプリ以外にない」として、およそ500万円の損害賠償を求める訴えを大阪地裁に起こした。紅麹サプリを巡る訴訟はこれが全国初。ちなみにPL法は、製品の欠陥によって人の生命や身体に被害を受けたことを証明できれば、被害者は製造業者に対して損害賠償を請求できると定めた法律。1995年7月に施行されている。
これに対し小林製薬は、大阪地裁に提出した答弁書で請求を棄却するよう求めていた。その一方で同社は、因果関係があると判断できれば「誠実かつ適切な補償」を行なうとしていた。
小林製薬はこの提訴から1カ月後の8月19日、健康被害に対する補償を始めるとして、被害者からの申請を受け付け始めている。つまり、同社は裁判の場での決着ではなく、裁判以外の道での補償を望んでいるようだ。
筆者は、小林製薬の本社があり、紅麹サプリ事件の被害者が多数発生しているとみられる関西地域の現地取材を敢行した。
健康被害は「治る」のか
紅麹サプリによる健康被害事件で懸念される最大の問題点は、腎障害に代表される健康被害は果たして「治る」のかということだ。
「元の体に戻してほしい」
という被害者たちの切実な訴えは、至極当たり前の要求だろう。健康になりたくて、健康の維持や増進に役立つ「機能性表示食品」として市販されていた紅麹サプリを購入して摂取したら、かえって不健康になってしまったのである。なかには、紅麹サプリ摂取後に腎障害などで死亡し、その原因として紅麹サプリが疑われているケースも100例以上ある。
疑問点は多い。プベルル酸による腎障害は完治するのか。自動車事故による怪我と同様に、「症状固定」したところで補償額が決まるのか。それとも、症状には「因果関係がある」と判断されればすぐにでも補償が開始されるのか。まだ確認されていないだけで、今後腎障害以外にも健康被害の症状が確認される可能性はないのか。和解締結後、新たに未知の後遺症や、紅麹サプリが原因と疑われる腎障害以外の病気が判明した場合も、「誠実かつ適切な補償」が本当に実行されるのか――。
プベルル酸の毒性がヒトの体のどの部分に悪影響を及ぼすのか、その全容が明らかにならない限り、不安は尽きない。さらに、である。
小林製薬と被害者がそれぞれ個別に補償交渉をしている限り、自分とは異なる症状に見舞われている被害者や、自分とは違う体調の崩し方をしている被害者がいたとしても、知りようがない。
「他人の個人情報」だからだ。それに加え、紅麹サプリ摂取と自分の体調不良を結びつけて考えることができていない被害者も少なからずいることだろう。プベルル酸を体内に取り込んでしまった被害者の間でどのような健康被害が、どれくらいの割合で発生しているのかを把握できるのは、現状では小林製薬だけなのである。
小林製薬によると、今年10月末時点で被害者からの補償申請を約650件受け付け、うち約250件については補償の該当・非該当について判定済みだという。ただ、その「内訳の詳細は回答を差し控えさせていただきます」とした。どうやら、申請した人のすべてが補償されるわけではなさそうだ。紅麹サプリ事件においては、補償するかどうかの判定を下しているのは国や裁判所ではなく、加害企業である小林製薬だった。
「カネミ油症」事件と類似
こうした現状を心配しながら見つめている人たちがいる。56年前の1968年に発覚した一大食中毒事件「カネミ油症」の被害者たちだ。市販されていた食用米ぬか油に猛毒のPCBやPCDF(ポリ塩化ジベンゾフラン)が混入したことで発生した同事件では、当初、塩素座瘡(塩素ニキビ)をはじめとした重篤な皮膚症状ばかりが注目されたが、その後、皮膚症状以外の内臓疾患などさまざまな健康被害が確認され、さらに健康被害は食べた本人だけにとどまらず、子どもや孫にまで及んでいることが判明。まさかそんなことになるとは、事件の発覚から数十年が過ぎるまで誰も気づいていなかったし、想像さえしていなかった。

「カネミ油症被害者全国連絡会」世話人会代表の曽我部和弘さん(60歳)はこう語る。
「カネミ油症事件では、事件発生直後の混乱期に加害企業が被害者の無知に付け込み、二束三文の和解金で手打ちさせられた人もいました。しかも、食べた人の子どもや孫にまで健康被害が及ぶとは、専門家である学者でさえ想像していませんでした。学者たちは皆、数年もすればPCBが体から排出され、症状も改善すると思い込んでいたんです。紅麹サプリ事件の原因とされるプベルル酸にしても、これまで聞いたこともない毒物。本当の毒性がどこまで判明しているのか、甚だ疑問です。
さらに油症事件では、一時は結集しかけた被害者が加害企業等によって四分五裂に分断されていった歴史もあります。カネミ油症の悲劇が再び繰り返されることがないよう、祈るような気持ちで紅麹サプリ事件を見守っています」
前掲のPL法は、このカネミ油症などを契機に制定されていた。小林製薬でもPL保険(生産物賠償責任保険)に加入。同社が現在進めている補償もPL保険を元手にして行なわれる模様だ。
小林製薬は被害者と個別に補償交渉をしているため、被害者同士の横のつながりは一切ない。さらには、全国の被害者を網羅した「被害者団体」や、小林製薬に対して集団訴訟を起こす「被害者原告団」も現在は存在しない。つまり、被害者たちは今、バラバラに分断されている。
そんな現状を憂いながら見つめるカネミ油症被害者たちは、自分たちの被害者運動が獲得した成果や失敗したこと、積み残しの課題などを踏まえ、アドバイス等を通じて紅麹サプリ事件の被害者救済や弁護活動を応援していく構えだ。
カネミ油症被害者はすでに、全国初の紅麹サプリ訴訟を起こした被害者の代理人を務める大曽根直紀弁護士や、先月結成された「紅麹サプリ被害救済弁護団」の弁護団長らとも連携を取り始めている。
ただ、油症事件被害者の曽我部さんは、紅麹サプリ事件の被害者たちと直接会うことはまだできていない。今後56年の時を超え、食中毒事件の被害者同士が手を結ぶかどうかは、弁護士のもとに今後、紅麹サプリ事件被害者たちがどれだけ集まるかにかかっている。
(『週刊金曜日』2024年12月13日号)
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