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国籍の壁で将来を閉ざされる外国籍教員 戦後の始まりに埋め込まれたレイシズム「当然の法理」

中村一成・ジャーナリスト|2025年4月14日6:21PM

取り残される「常勤講師」

 駄目押しは83年4月1日の中曽根康弘答弁書だった。「公立学校の教諭については校長の行う公務の運営に参画することにより、公の意思の形成への参画に携わることを職務として認められ、右の法理の適用があると考えられる」

 これにより82年の静岡県など、新たに国籍条項を設ける自治体が出た。84年には、長野県で合格者の採用が取り消される事件が起きた。県は教諭ではない常勤講師としての採用でお茶を濁した。

 現状を固定化したのが、在日三世以降の法的地位を日韓で話し合う91年協議だった。「公立学校の教員への採用については、その途をひらき、日本人と同じ一般の教員採用試験の受験を認めるよう各都道府県を指導する(……)公務員任用に関する国籍による合理的な差異を踏まえた日本国政府の法的見解を前提としつつ、身分の安定や待遇についても配慮する」

 この覚書を受け、文科省は同年3月、教委宛ての通知を出した。翌年度から教員採用を認めるが、職名は「期限を附さない常勤講師」とする。給与などは可能な限り教諭との差がなくなるよう配慮する。「当然の法理」の継続だった。

 国籍要件撤廃の反面で「二級教員」が固定化された。東京と川崎市は「教諭」を堅持したが、同じく教諭採用だった大阪府市は職名を「教諭(指導専任)」とした。

 実は高辻回答には続きがある。当然の法理を振りかざした後、彼は言う「他方においてそれ以外の公務員となるためには日本国籍を必要としないものと解せられる」。だが後段は無視され、現行法でも就ける職種の検討はなされないまま、「当然の法理」は、外国人を議論なく排除する魔法の杖となっていく。「兵庫在日韓国朝鮮人教育を考える会」代表の藤川正夫さん(51年生まれ)は、中曽根政権からその流れが強まったと指摘する。「国定教科書と国定教員で、国のための人材を育てることを教育の価値とする。その中で標的になったのが外国人教員だった」

 第一次安倍政権下では主幹教諭、指導教諭や副校長の職階も導入された。細分化して格差を設けるのだ。現在の処遇改善でも「主務教諭」が導入される。藤川さんは言う。「文科省は職階がモチベーションに繋がるというが、昇進できない常勤講師を無視している」

日本以外のルーツを持つ教員らの交流会で、自らの経験を話す韓裕治さん(中央奥)。大阪市生野区で2025年3月9日。(撮影/中山和弘)

「名前を消してください」

 現在に禍根を残す91年の〝解放〟で教員になったのが、神戸の中学教師、韓裕治さん(65年生まれ)である。大学卒業後、私立の女子校で非常勤講師の職を得たことが人生を変えた。「それまで通名でしたけど、金とか朴とか名乗る生徒がいる。ええ年こいて俺は何やってるんやと」。通名を捨てた。「嘘をつかなくていい清々しさは何ものにも代え難かった」。働きながら兵庫県の採用試験を受けた。県はすでに国籍条項を撤廃していたが不合格が続いた。「ある人に言われました。『受験番号が9から始まるやろ。在日はそこで弾かれている』と。ホンマかな?と思ったけど、見えない国籍条項があったのだと思う」

 そこに飛び込んできたのが神戸市の国籍条項撤廃だった。92年に合格し、翌93年、初の外国籍教員として採用された。「オヤジが新聞で『嬉しい』とコメントしてたのを読んで、少しは親孝行できたかなって。貧しさで進学を諦めた経験を持つ人でしたから……」

 通名だった在日の生徒が「私も韓先生と同じ」と切り出して本名宣言をしたこともある。「嬉しかったですね。私をみて教員を目指した子もいましたね。それから学校に来た保護者が吃驚するんですよ。『韓先生! 今では韓国人が教員になれるんですか』って」

 副主任を打診された。分掌表が配布される年度初めの職員会で、韓さんは言った。「『私は期限を附さない常勤講師です。文科省の見解は主任もダメですけど教委はいいのか聞いてもらえますか?』年一度くらい、私のような人間がいることを周知したい。これは教員への人権教育のつもりでした」

 教委も毎年認めてきたが、2008年のこと。職員会で「確認」を求めた日の夕方、校長室に呼ばれた。教委が駄目出しをしたのだ。

 翌日の職員会だった。韓さんの目の前で教務主任が立ち上がった。「今から何カ所か韓先生の名前を読みますので消してください」。数十人の教職員はその指示に従い、分掌表の韓さんの名前に粛々と二重線を引いていった。職場体験学習など、学内プロジェクトでの職責も「格下げ」された。「ただただ、疎外感でした……」

「人権侵害だ。[修正した]プリントをつくる気もなかったのか!」と抗議した。教委にも訴えた。教委から問い合わせを受けた校長らは「削除を指示したかどうかは忘れた」とシラを切った。「方針転換」の原因は市教委担当者の異動だった。「引き継ぎも申し送りもされていなかった。私たちはそんなに軽い存在なのかと……」

 渡韓して同胞に訴えた。日弁連にも人権救済を申し立て、国連の人種差別撤廃委員会で問題をアピールし、「当然の法理」を批判する勧告や所見を勝ち取った。

 展望のなさで退職する後輩も少なくない。あと数年で定年の現在も「二級教員」問題の解決に向けて声を上げ続ける。「『差別に負けてはいけない』と生徒に語ってきました。嘘をつきたくない、負けたくないとの思いできました。完全な同権は次の世代に持ち越されるでしょうけど、せめて教諭任用については実現したい」

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