アジア太平洋戦争中に山口県宇部市の海底炭鉱で起きた大規模水没事故で、朝鮮人労働者１３６人を含む１８３人が生き埋めのまま海中に放置されてきた問題で、遺骨の発見に取り組んでいる市民団体「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」の井上洋子・共同代表らは２月28日、厚生労働省に対し潜水調査活動への予算面・技術面での支援を、外務省に対しては韓国政府と協力して遺骨収容を「日韓国交正常化60周年の共同事業」に位置づけるよう求めた。

　いずれも日本国が朝鮮半島を植民地支配し、戦時の国策だった石炭増産を図るために朝鮮人労働者を多数動員した加害責任を問う意味がある。国側はこれまで、戦没者遺骨収集推進法などを盾に遺骨収集の対象は「大戦によって死亡した我が国の戦没者」に限定。同日の面談交渉にも立ち会った大椿ゆうこ参議院議員（社民）の国会質問などに対しても、「長生炭鉱事故の犠牲者は『戦没者』に該当しない」などの姿勢だった。

　同日はさらに、厚労省の鈴木良尚・人道調査室長が、刻む会が取り組む潜水調査に対して「安全性に懸念がある」と述べ、同省として活動を支援するには「対応可能な範囲を超えている」とした。

　毎年約１０００万円が予算措置されている同室所管の「朝鮮半島出身の旧民間徴用者等の遺骨返還事業」についても、その中身は、全国の社寺などに保管されている「見える遺骨」の調査・送還費用であり、長生炭鉱犠牲者の遺骨のように海底に眠っていてどこにあるか分からない「見えない遺骨」の調査に「流用できない」と答えたという。

遺骨「見える化」の準備

　しかし、周辺海域の潮流にもよるが、ほぼ閉じられた海底坑道で１８３人もの犠牲者の遺骨すべてが事故現場から流出していることは考えにくい。今はまだ「見えない遺骨」が「見える遺骨」になることは時間の問題ではないか？　潜水捜索で「必ず見つかる」（井上代表）。そのときのために、刻む会が朝鮮人・日本人遺族から集めたＤＮＡ鑑定のためのサンプルはすでに30人分に上っている。

　事故後83年の今年２月１日の現地での追悼集会には、韓国政府が初の政府代表として金敏在・行政安全部次官補を正式に派遣して市民団体に協力、鑑定用のＤＮＡサンプルも韓国側遺族から刻む会とほぼ同人数分は収集している。自国の犠牲者遺骨の本国返還活動の一環だが、日韓共同事業に強い意欲を示しており、日本政府の後ろ向き姿勢とは好対照だ。

　こうした背景もあってか、同日の外務省の姿勢は厚労省とはやや異なり、北東アジア第一課の栗田伸一・地域調整官は「遺骨の早期返還は重要。可能な限り対応したい」などの認識を答えたという。

　刻む会の上田慶司事務局長の現状説明によると、遺骨発掘のための調査活動費用としてこれまで２次にわたるクラウドファンディング（インターネットによる資金公募）などで２０００万円以上が集まっている。昨年９月25日の坑道入り口＝坑口の発掘・発見以来、周辺整備をしながら、水中探検家のダイバー伊左治佳孝さん（36歳）の協力による数次の潜水調査で、坑道内部の状態がかなり解明されてきた。

　沖合にはピーヤと呼ばれる二つの排気塔が海面に突き出ているが、坑口から約２００メートルの地点＝沖のピーヤのやや手前から２６５メートルぐらいまでの間で坑道が一部崩壊・陥没してダイバーも前進できない状態。これまでに坑道の工作物の残骸と見られる杉材で作られた輪っかなどが回収されている。人骨らしきものは見つかっていないが、遺骨の多くは沖のピーヤのさらに数十メートル先にあると見られている。

　今後は３月中にピーヤや坑道内の障害物の撤去、その後は坑口の補強工事をしながら、４月１～４日に新たな潜水調査を行なう。伊左治さんのほかに韓国のダイバー２人も調査に加わる予定だ。

（『週刊金曜日』2025年3月7日号）