「笹子トンネル」事故の原因は「設計ミス」(明石昇二郎)
2015年12月27日5:18PM
2012年12月に発生した中央自動車道笹子トンネル(山梨県)の天井板落下事故。死亡した9人のうち男女5人の遺族らが中日本高速道路(名古屋市)と子会社に対し、計約9億1200万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が12月22日、横浜地裁(市村弘裁判長)で言い渡された。
横浜地裁は同社側に約4億4000万円の支払いを命じた。市村弘(いちむらひろむ)裁判長は争点の過失責任について、「老朽化した設備の適切な点検を怠り、防げる事故を回避できなかった」と、ほぼ原告側の主張通りに認定した。
だが、事故の原因について独自取材を進めると驚くべき事実が明らかになってきた。
中央自動車道上り線の「笹子トンネル」内で起きた天井板落下事故から3年が経過した。同事故では、道路管理者である中日本高速道路(NEXCO中日本)に対し、業務上過失致死傷の容疑で警察の家宅捜索が行なわれたものの、これまで誰一人として、逮捕も書類送検もされていない。いまだ「捜査中」(山梨県警本部)だという。
国交省事故調は責任を曖昧にした
2012年12月2日午前8時3分頃に発生した同事故では、トンネルの天井から吊り下げられていたコンクリート製の天井板が約140メートルの長さにわたって落下し、走行中の車両を直撃。9人が死亡、2人が負傷した。被害者側には何の落ち度もなく、事故を招いた責任はNEXCO中日本側にあることは明白だった。
同事故の発生を受け、国土交通省は事故調査委員会(トンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会)を発足させる。事故から半年後の13年6月、国交省は事故調の報告書を公表した。
国交省事故調が打ち出した事故の再発防止策は、実に明快なものだった。高速道路か国道かを問わず、笹子トンネルと同じ仕様の吊り天井板は、
「可能ならば、撤去することが望ましい」
というものだ。
落下するものをなくしてしまえば、同様の事故の再発はありえない。コンクリート製の天井板をボルトと接着剤で固定して吊り下げるという設計(図参照)自体が最大の欠陥であり、事故原因だったことを、この再発防止策が示唆していた。
同時に国交省事故調は、天井板を撤去しない場合でも、天井板を固定しているボルトが抜けただけで多量の天井板が一気に落下することのないように、バックアップとして別の手段でも天井板を固定する対策を緊急に講じるよう、全国の道路管理者に求めた。
しかし、である。
国交省事故調は、最大の事故原因が「設計」の欠陥にあるとの判断を示すことはなかった。「材料の経年劣化」「施工」「点検・維持管理」のそれぞれにも問題があり、それらが複合して事故を招いた――というのである。
ならば、そうした問題に関わっていた全員が刑事責任を問われてもよさそうなものだが、そうなってはいない。明らかな過失によって9人もの死者が出ていながら、3年後の現在に至るまで、誰も刑事責任を問われないという異常事態に陥っている。
設計施工段階から事故要因を内在
国交省事故調の報告書はその前書きで、自らの役割を次のように規定している。(太字は筆者)
「落下の発生原因の把握や、同種の事故の再発防止策について専門的見地から検討することを目的として行うものであり、事故の責任の所在を明らかにすることを目的に行うものではない」
ここで言う「事故の責任」とは、刑事責任と民事責任に関わるものである。これらの責任は、国交省や同事故調が勝手に不問に付すことのできるシロモノではない。にもかかわらず、わざわざこうした但し書きをすれば、警察や検察や裁判所に対し、
“立件する際の証拠として、この報告書は使わないでほしい”
と、政治的に牽制する意味を持ってしまう。そんな疑念を抱かれたくないのであれば、こんな書き方はしないことだ。
それ以上に気になるのは、事故調のこうした「責任不追及」方針が、調査をする上でどれほど有効であり、そうでない場合と比べてどんな成果を上げているのか、科学的な検証がこれまで一度もなされていないということである。
政府や官庁が設置した事故調が「責任不追及」の看板を大々的に掲げるようになったのは、2011年3月に発生した東京電力・福島第一原発事故の時からだ。同原発事故を受け、政府が設置した事故調査・検証委員会の畑村洋太郎委員長(東京大学名誉教授)が、
「(事情聴取で得た証言は)責任追及を目的として使うことはありません」
と明言。その理由は「言いたいことを言えるようにするためだ」とされた。
そしてこの時もまた、警察や検察によって逮捕・起訴された者は一人も出ていない。原発事故で被災した被害者らが、事故当時の東電経営者らを刑事告訴し、検察審査会での2度の審査を経てようやく、3人の元経営者が強制起訴に至る――というありさまだった。
つまり、官製事故調が掲げる「責任不追及」方針には、事故の刑事責任を曖昧にしてしまうという副作用がある。ひどいケースでは、法的根拠のないまま、刑事責任が事実上免罪される“司法取引”まがいの話がまかり通ることにもなりかねない。「責任不追及」の風潮を放置すれば、刑事罰を受けていないことを加害者側が逆手に取り、被害者に対して居丈高な態度で臨む等、損害賠償請求の場面にまで悪影響を及ぼすことが予想される。
とはいえ、国交省事故調の報告書には、事故原因が「設計」にあったことを示す調査結果が詳細に記されている。難解な言い回しだが、その部分を順に紹介する。
「当初設計では、隔壁板に作用する水平方向の風荷重がCT鋼に伝達され、CT鋼を変形させることにより天頂部接着系ボルトに生じる引張力が見込まれていなかった――」(同報告書17ページ)
笹子トンネルでは、落下した天井板の上を空気が通る構造になっていた。天井板の上は図のようになっており、隔壁板を境にして、片方がトンネル内にたまる自動車の排気ガスを吸い出す排煙用の道で、もう片方が新鮮な空気を送り込むための道だった。つまり、天井板の上部はまるごと排煙用のダクト(送風管)だったことになる。
そのため、トンネル内の換気を行なうたび、隔壁板に風圧がかかり、天井板を固定しているボルトには引っ張る力が働く。この力のことが、天井板の設計では何も考慮されていなかったというのだ。設計ミス以外の何ものでもない。
「天井板に打設された接着系ボルトは、工事完成時点から所定の接着剤引抜強度が発揮されないものも含まれるなど、設計施工段階から事故につながる要因を内在していたものと考えられる」(同報告書37ページ)
天井板と隔壁板を吊り下げていたボルトは、トンネルの天頂部(天端)に打設されていた。天端は構造的に大変脆弱なことで知られる。国交省事故調から独立した立場で、笹子トンネル事故を検証した西山豊・大阪経済大学教授は次のように指摘する。
「笹子トンネルと似た設計でも、天井板落下が起きていないトンネルがある。ただ、天井板の固定の仕方が大きく異なります。中央自動車道の恵那山トンネルでは、天端を外して吊り金具を取り付けていた。また、関門海峡の下を通る関門トンネルでは、軽量の天井板を使用している上に、吊り金具を3本のボルトで支えていた。これに対し、笹子トンネルでは1本のボルトでした」
トンネル工事をよく知る業者や技術士からも、笹子トンネルの「設計」に対する疑問の声が聞かれる。まずは、元トンネル施工業者の西田稔氏が証言する。
「トンネル工事に限らず工事の現場では通常、ケミカルアンカーボルト(接着剤で留めるボルト)は真上に向かって穿孔する(穴を開ける)ような方法では使用しません。万一使う場合でも、ボルトが抜けないように真上に向かってではなく、せめて2本のボルトを『逆ハの字』に施工するべきでした。真上に向かって打てば、天井板は接着剤の力だけで支えることになるからです」
続いて、技術士の三宅勇次氏が指摘する。
「なぜ、コンクリートの打設時に吊り金具を埋め込む方式を採用せずに、『あと施工』という、固まったコンクリートにあとから穴を開けてボルトと接着剤で留める方式にしたのか。必然性がなく、不思議でならない」
前掲のとおり事故調報告書は、1977年の天井板完成時点で、すでに強度を得られていないボルトがあったと指摘している。さらに、ボルトを留めていた接着剤の耐久性については、
「現在まで、長期耐久性について十分な知見が得られているとは言えない」(同報告書39ページ)
という。科学的知見や工学的知見が得られていないものなら、死亡事故が起きるまで接着剤の耐久性実験をしていたのと同じだ。
「知見がなかったから」との理由で、責任を見逃すことはできない。そればかりか、知見がない接着剤の使用をなぜ、トンネル施工時の道路管理者である日本道路公団は許可したのかという、別の責任問題まで浮上してくる。これもまた、最大の事故原因が「設計」にあったことを端的に示す事例と言えるだろう。
「設計ミス」が事故の規模を拡大
天井板を固定していたボルトの強度が不十分な上に、接着剤の耐久性にも知見がないのであれば、せめて点検だけは通常以上の頻度と内容で行なう必要があったことになる。だが笹子トンネルは、天井板の点検がしづらいトンネルでもあった。設計で、点検のことが考慮されていなかったためだ。
天端に打設されたボルトは、天井板が邪魔をして路面上から目視することができず、点検するためにはダクトの中、すなわち天井板の上に人が上る必要があった。目視による点検だけでなく、ハンマーを使った打音点検(注)も実施しようと思えば、天井板の上にいちいち足場を組む必要があった。天井板から天端までの距離(高さ)が、短いところで約2・4メートル、長いところでは約5・4メートルもあったからだ。
点検が面倒だったことの証拠に、打音点検は2000年を最後に事故発生までの12年間、実施されていなかった。こうした事実を踏まえ、事故調報告書は次のように書く。
「維持管理の方法等の計画においてあらかじめ更新が確実かつ容易に行えるように配慮した設計とすべき」(同報告書43ページ)
今後は保守・点検がしやすい設計にしなさい――というのだった。笹子トンネルの設計では、そんな当たり前のことさえ満足にできていなかったのだ。
ようするに天井板の設計では、
(1)天井板を固定しているボルトを引っ張る力が繰り返し発生してしまうような設計をしていながら、そのことに気づいていなかった
(2)長期の耐久性に関する知見のない接着剤を使用してボルトを打設してしまった
(3)打設したボルトの点検もしづらくしてしまった
というミスを犯していた。設計上の問題点はほかにもある。
天井板は、その両隣の天井板と連結する形で設置されていた。ダクトの中仕切りである隔壁板も同様である。もし、連結させない構造で設計されていれば、天井板が一度に140メートルもの長さにわたって落下することもなかった。いわば「設計」そのものが、事故の規模を拡大させる方向に作用してしまったわけである。
そんな天井板の設計を担当したのは、建設コンサルタント企業のパシフィックコンサルタンツという。取材に対し同社は、
「守秘義務との関係上、お答えできない」
と回答した。
一方、天井板を施工したのは、「建設用アンカーボルトのパイオニア」を自任するケー・エフ・シー(旧社名・建設ファスナー)。トンネル工事全体の元請会社は大成建設である。が、両社ともノーコメントだった。
3年経っても警察は「捜査中」
国交省は事故から半年後の13年6月、NEXCO中日本の吉川良一専務を退任させた。旧日本道路公団出身の吉川専務は、道路の維持管理を担当しており、保全・サービス事業本部長を兼務していた。
同社の株式は政府(財務大臣)が100%保有しており、監督官庁の国交省が事実上、同社幹部の人事権を握っている。NEXCO中日本は笹子事故でいわば“国民の財産”を毀損してしまったわけで、この経営責任を明確にするための引責辞任だった。前の担当者だった中山啓一常務も同時に辞任させられている。その1年後には、同社の金子剛一社長も辞任した。
が、事故で詰め腹を切らされたのはこの3人くらいのものだ。国交省がNEXCO中日本や関係各所に対して言い渡した行政処分は、いまだない。
「警察による捜査の結論を待って、(行政処分を)行なっていくことになる」
こう語るのは、国交省道路局高速道路課の宮西洋幸課長補佐。国交省は、同省事故調の報告書と同様に事故の原因を、
「設計、施工と、経年劣化。それらが複数の要因となって事故が生じた」
と考えていた。
だが、「設計」に致命的な欠陥があれば、「施工」の段階や「経年劣化」の問題でどれだけ挽回しようと、抜本的な問題解決などできるものではない。まして、「施工」と「経年劣化」でミスの上塗りをしたからといって、「設計ミス」の大罪が薄まるわけでもない。
記者は宮西補佐に、
「その中でも、どれが最大の要因なのか」
と、繰り返し尋ねた。しかし宮西氏はあくまでも「複数の要因」だと、ひたすら繰り返すのである。宮西氏はどうしても、「最大の事故原因」を特定するのが嫌なように見えた。
そんな国交省は、徹底した「再発防止策」こそが最良の「事故の責任の取り方」であると強調する。ならば、事故を引き起こしてしまった「結果責任」は、誰が、どのようにして取るべきなのか。
「道路管理者が一義的に管理している。だから、その責任(結果責任)は、高速道路会社自らが負うものです」(宮西補佐)
当の「道路管理者」自身はどう考えているのか。そこでNEXCO中日本を取材すると、
「当社は現在も、捜査当局の取り調べを受けている立場なので、コメントできない」(本社広報室)
という。ただ、事故に関係した社員に対する減給や降格等の処分は、
「現時点では行なっておりません」(同広報室)
とのことだった。天井板の設計や施工をした会社に対し、賠償請求するかどうかも、今後の課題だという。
国交省の行政処分も、NEXCO中日本の社内処分や賠償請求も、警察が出す結論待ち――。捜査を担う山梨県警の責任は重大である。
その肝心の山梨県警からは、いつまで経っても「逮捕した」とか「送検した」との広報はない。そうこうしているうちに、事故から3年が経過してしまった。捜査を取り仕切る山梨県警の捜査1課に尋ねたところ、
「捜査中だとしか言えない」
という。つまり、いまだ捜査の結論は出ておらず、検察に送検してもいないことになる。
事故から半年後で調査報告書をまとめた国交省事故調と、3年過ぎても結論を出せない山梨県警。この違いは一体どこからきているものなのか。強制力を持った捜査ができる警察より、官製事故調の調査力が勝っているというのか。
「事故の責任の所在を明らかにすることを目的に行うものではない」
という官製事故調のエクスキューズに、またしても警察の捜査が翻弄されているのだとすれば、被害者は浮かばれない。
〈注〉所定のハンマーを使って対象構造物を叩き、その際に出る音によってボルトに緩みが見られないか、構造物がはがれていないか等を調べる点検方法。
(あかし しょうじろう・ルポライター。2015年12月18日号に一部加筆)