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広島大学で“大人のいじめ”3──繰り返される不祥事
(明石 昇二郎)
2017年3月13日4:44PM
前回までに報告した、広島大学原爆放射線医科学研究所(広大原医研)の「業績水増し」不正事件。だが、同大の公益通報窓口に寄せられた内部告発はうやむやにされ、パワーハラスメント(パワハラ)によって告発者は同大から追放されようとしている。広大原医研に正義はないのか。
『広島大学原爆放射線医科学研究所年報』を舞台にした「業績水増し」不正を告発した広大のQ准教授は、「大学の教員等の任期に関する法律」(任期法)および「広島大学の教員の任期に関する規則」に基づき、7年ごとに雇用契約を更新してきた。
別の国立大学に奉職していたQ氏が広大に助教授として迎え入れられたのは2003年。広大からは任期制に関する同意書に署名するよう求められた。任期法に基づき国立大学の教員たちに「任期制度」が導入され始めた頃のことだ。
Q氏は翌04年にも同様の同意書に署名したが、これは広大で任期制が正式な制度になることに伴うもので、このとき広大側からは、
「これ(同意書)は解雇や雇い止めに使うためのものではない」
「(助教授は)7年ごとの評価だが、雇い止めや解雇はありえない」
と説明された。
1回目の更新となった10年の更新手続きは、肩書の呼称が助教授から准教授に変わっただけでスムーズに終えた。このときも広大側からは、同意書は解雇や雇い止めに使うためのものではないと改めて説明された。
それが2回目の更新である今回の更新手続きでは、これまでなかった「採点方式」による業績評価基準が広大原医研から突然示される。Q准教授は“落第点”である1640点未満の「C評価」とされた結果、任期を更新できずに「雇い止め」された。
広大原医研の松浦伸也所長は、Q准教授に対して「C評価」であることを伝えた際、
「任期制同意書への署名を得るにあたっては説明文書や業績評価の方法、評価基準等を渡している」
と説明した。だがQ准教授は、署名の際にそうした文書を受け取ったことも、説明を受けたこともなかった。
そこでQ准教授は松浦所長に対し、所長が「渡している」とする説明文書とはどんなものか示すよう求めるのと同時に、自分に対してはいつ説明したことになっているのか、広大原医研の記録を開示するよう求めた。
だが、広大原医研側はなぜか「調査する」とした。すぐに示すことができなかったのである。昨年末に広島大学長名の「再任不可」通知が出された際も、まだ「調査中」だとされた。結局現在に至っても、「説明文書」と「広大原医研の記録」のいずれもQ准教授に開示されていない。さらには、「C評価」とされた業績評価の点数さえ、広大原医研は明かそうとしないのだ。
これまでに業績評価で再任不可となった教員は広大にどれくらいいるのか、Q准教授は広大の教職員組合に訊ねてみた。すると「そのような例は聞いたことがない」と驚かれる。どうやらQ准教授の「再任不可」が初めてのケースのようだった。
説明を拒む広島大学
なぜ、こんな不自然な形で「雇い止め」が強行されようとしているのか。それは前回までに報告したとおり、Q准教授が、上司であるH教授のパワハラに泣き寝入りをせず裁判を起こし、遺伝子組換え生物等使用実験室での飲食行為や広大原医研年報の「業績水増し」不正を告発した人物だからである。広大がどう繕おうと、どんな段取りを踏もうと、報復人事以外の何ものでもない。
広大側がパワハラへの対応をしないため、Q准教授らがH教授や広大を訴えた裁判で、被告の広大側が提出した準備書面に、次のような一節がある(伏せ字と【】内は筆者)。
「大学研究者の研究の成果は、 毎年大学が発行する広島大学原爆放射線医科学研究所年報において発表され、原告【Q准教授】らの活動についても欠けることなく掲載されている。【中略】×教授【H教授】が着任した以降、【年報の】第53号(平成24年度)では9頁、第54号(平成25年度)では11頁、第55号(平成26年度)では12頁と記載が増え、活動が活発になっていることがうかがえる」
だが、その頁数が最大になった肝心の年報第55号で、H教授による業績の水増しが発覚したのである。この準備書面からうかがえるのは、業績の水増しはH教授の独断で行なわれ、広大側もH教授に騙されていた――ということだ。
筆者は、H教授に取材を申し込んだ。事前に送った質問事項は以下のとおり。
1)広大原医研年報に掲載されているH教授の論文リストで、改竄や水増しが確認された。なぜこのようなことが起きたのか。
2)同様の改竄や水増しは、広大ホームページの研究者総覧でも確認された。なぜこのようなことが起きたのか。
3)広大原医研の人事交流委員会の「Q准教授再任不可」決定に、H教授は関わっているのか。
4)Q准教授の「再任不可」を決めた広大原医研教授会に、H教授は出席していたのか。
だが、H教授本人は取材に応じず、かわりに広大の広報から次のような回答が送られてきた(伏せ字は筆者)。
「質問事項につきましては、裁判で係争中の事案と関連があるため回答を差し控えさせていただきます。また、×教授への直接取材はお受けしないことといたします」
広大は、広大原医研年報や研究者総覧の改竄や業績水増しを否定しなかった。それでも、H教授を全面的に擁護する構えのようだ。さらに、刊行が途絶えている広大原医研年報の次号(第56号)がいつ出るのかという問いにさえ、
「裁判で係争中の事柄と関連があり、コメントは控えさせていただきます」
としていた。だが、これは「係争中」の話などではない。不正が発覚したことに対し、大学として「どう対処するか」という次元の話なのだ。
強いられた被曝
広大は、H教授の「業績水増し」不正のことを、文部科学省には内緒にしていた。そこで、広大原医研をはじめとする「国立大学附置研究所」を担当している同省の研究振興局学術機関課に聞いた。
――もし改竄や業績水増しが事実であり、そうした不正をもとに文部科学研究費(科研費)の申請が行なわれていた場合はどうなるのでしょう?
「そういった場合は、科研費の返還を求めるなり、一定の措置を取らせてもらいます。数年間は競争的資金(研究資金制度)に応募してはダメだとか、ペナルティもあります」
ところで広大原医研ではここ数年、不祥事が繰り返されている。
05年、医師派遣に伴う汚職事件で原医研教授が自殺。06年には、所長(現・同大副学長)が引き起こした放射線障害防止法違反事件が発覚。この事件で被曝した人の中には、若くしてがんで急逝した人もいる。09年には、原医研教授による公的研究費の不正使用事件。16年には、放射線障害防止法違反事件を起こした所長(教授)によるパワハラで、部下の助教が10年にわたって放射線管理区域内に「居室」をおかれ、無用の被曝を長年強いられていた人権侵害の事実まで発覚している。
この助教氏はかつて筆者の取材に対し、
「自分の研究が完成するまでは、実名を出して告発できない」
と語っていた。彼もまた、12年にがんで逝去している。研究を完成させないままだった。そして今回の「業績水増し」不正である。
広大原医研の闇は深い。国立大学附置研究所を所管する文科省による、徹底的な調査が望まれる。(おわり)
(あかし しょうじろう・ルポライター、2月3日号)
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