崔善愛編集委員責任編集
日本と朝鮮戦争
昨秋、勤務する大学で、1年生の学生からレポート課題のことで相談を受けた。「新潟の高校3年のとき、Jアラート(全国瞬時警報システム)が鳴って(2018年3月14日)、みんなで机の下にしゃがみこみました。もうここで死ぬんだ、と思うとこわくて涙があふれました。いまもずっと怖いんです。北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)はなぜミサイルを飛ばすのか、先生、おしえてください」と涙ぐんだ。
このとき、何ひとつ彼女に「おしえられなかった」私は、「北朝鮮を語れない」ということについて考えた。ゆきついたのは、朝鮮戦争だった。
幼いころから私は「北朝鮮」と口にすることを避けてきたように思う。はじめて「北」に遭遇したのは、小学6年のとき。学生ピアノコンクール本選の日、舞台袖で順番を待っていたら、次の出演者も「崔」という名前に気づいた。おたがい顔を見合わせ、「同じ名前だね」と話し、本番後もおしゃべりした。人権活動家として知られていた父は、一定の距離を保つかのように離れて立ち、こちらを見ていた。帰路、父は歩きながら「子どもたちはいいね」と言った。戸惑ったような声だった。あとで、もうひとりの崔さんの親が、北朝鮮を支持する朝鮮総聯に属していたと知った。思えば、「北」「総聯」「統一」という言葉が家の中で話題になることは一度もなかった。が、父の著書『名前と人権』(酒井書店)を読み、はじめてその理由がわかった。
父・崔昌華(1930~95年)が生まれ育った宣川(朝鮮の北部)は当時、キリスト教の盛んな街だった。45年以降、ソ連軍が入り、キリスト教徒は弾圧されはじめ、46年11月13日、教会青年部のリーダーだった父は、「日曜選挙事件」で検挙され新義州刑務所特別監房に収容され、はげしい拷問をうけた。17歳で釈放され38度線を渡り、ソウルの大学を出た50年、朝鮮戦争勃発。南へと逃げ、54年、日本に入国した。父は、朝鮮戦争の難民だった。
95年、父が危篤のとき「北に帰りたい?」と聞くと、彼の目はとたんにくもり、こたえなかった。生涯、朝鮮時代の祖父母や友人のことを語らなかった。いまも謎のままだ。
あるとき林哲さん(津田塾大学名誉教授)から『朝鮮戦争の起源』(ブルース・カミングス著)全3冊が届く。そこには米軍資料や公文書などに基づき、隠されてきた事実が明かされる。アメリカこそが朝鮮戦争を欲し、分断の使者だったのか。その戦争の残虐性は「実際のところ、朝鮮戦争はヴェトナムよりもはるかに大量虐殺的だったという意味で、戦後のアメリカによる介入としては最も破壊的な最悪のものであった」。
日本にとって朝鮮戦争は「都合のよい」戦争だった。「特需」をもたらし、戦後復興のきっかけとなった。戦争勃発の第一報を受けた吉田茂首相(当時)は、「これこそ天の恵みでありましょう。なにとぞご神助のほどを」と(神棚で)深く頭をさげたそうだ。アメリカにとっても「朝鮮戦争は一つの祝福であった。それはちょうど都合のよい時期に、都合のよい所で起ってくれた、都合のよい戦争であった」という米国第8軍司令官ヴァン・フリートの発言に驚愕する。
核を手にした怪獣がその手に小さな半島をころがし続けた朝鮮戦争。
Jアラートに震える若者たちと、震えるべきは何かを考えたい。そんな思いで、この特集を企画した。朝鮮戦争はいまだ、終結していない。(崔善愛・ピアニスト)
- 鼎談 林哲×西村秀樹×崔善愛
8000人の日本人が「参戦」した国際内戦朝鮮半島の南北分断を固定化した朝鮮戦争には、日本人が海上輸送等で活動した。そもそも朝鮮解放後、なぜ南北に異なる国家が誕生したのか。そして、なぜ朝鮮戦争は起きたのか。3人の識者が話し合った。
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鉄原DMZルポ朝鮮半島を南北に分ける軍事境界線。その南北にある非武装地帯=DMZ。この周辺を巡るツアーが人気だ
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解放当時の人々が夢見た国造り
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